千本足パート2――脚の話 (5) Thousand-legged Worm, Part 2: Leg Stories (5) [Daddy-Long-Legs]
前の記事「千本足――脚の話 (4) Thousand Legs: Leg Stories (4)」で全文を引用した『あしながおじさん』2年生4月11日の手紙の冒頭で、ジュディーは自分を "Worm" と呼び、さらに最大級のひどい呼び方として "Thousand-legged Worm" だと言っていました。――
It's the middle of the night now; I've been awake for hours thinking what a Worm I am―what a Thousand-legged Worm―and that's the worst I can say!
(いま真夜中です。何時間もベッドの中で、自分はなんというムシみたいな人間なのか――ムシケラもムシケラ千本足のムシケラだ――と考えつづけていました――これ以上の悪口知らないです!)
worm というのはムシですけれど、昆虫というよりは芋虫、毛虫、青虫、ウジなど昆虫類の幼虫、そしてミミズやヒルや回虫などの蠕虫、さらに地虫やフナクイムシやクルマムシなどの節足動物――ようするに地を這ういろんな生き物を指すことばです(漢字の「蟲」の感じ)。
比喩的には、「虫けら同様の人間」、「うじ虫」、さらに英語で少し独特な比喩として「みじめなひと」とか「しいたげられたひと」という意味で使うこともあります。旧約聖書「詩篇」22章6節には "I am a worm today." という文がありますが、これは「今日は少しも元気がない」という意味合いの表現として使われています。しかしもとは、ヘビかどうかはともかくイヤなムシのイメジです――"But I am a worm, and no man; a reproach of men, and despised of the people." [ふたつめのof=by] 文語訳聖書――「然(しか)はあれどわれは蟲にして人にあらず 世にそしられ民にいやしめらる。」
しかし、古い英語としては、ヘビのことも worm といいました。エディソン (E. R. Eddison, 1882-1945) の有名なロマンス小説 The Worm Ouroboros (1922) の worm はヘビの意です。
E. R. Eddison, The Worm Ouroboros (London: Jonathan Cape, 1922)
しかし、このKeith Henderson 画の初版のカヴァーもそうですけれど、一般にウロボロス(「宇宙蛇)の絵がヘビだけでなくトカゲやドラゴンだったりするように、そもそもヘビ serpent や竜 dragon の範疇自体があいまいです。また、古語としての英語のworm は snake、serpent 、dragon のいずれも指しうることばでした。
ハーマン・メルヴィルが『白鯨』のなかで議論を展開しているように、英雄神話のなかの竜や蛇=リヴァイアサン=鯨という等価も成り立つかもしれません。そうするとキリスト教的には、人間に悪しき知恵を与えた存在であるヘビは、それゆえに反天上的な「悪」の化身として忌むべき存在、退治されるべき存在となります。しかし人間が時間内に落ちることによってまさに人間になる、その条件を与え、知識を与えたのもヘビなのだから、キリスト教から異端とされた知の系譜のなかには、ヘビを忌まない考え方もでてきます。ヘビがいなければ今がないからです。今ない。
閑話休題。
ヘビ=邪悪の問題は、最高の大天使であったルシファーが堕ちてサタンとなるという話(これは「イザヤ書」14章12節 (How art thou fallen from heaven, O Lucifer, son of the morning! あしたの子明星よ いかにして天より隕(おち)しや) の誤解からとされていますけれど、はたしてどうか)とともに、善と悪の問題を考えるうえで頭を悩ませるところが大きく、考えてもわからんところもありますので、またいつか。
閑話休題
もともとヘビの話ではありませんでした。千本足です。
まず、部屋に出る百足をジュディーが忌み嫌っていた事実がありました。自分が手紙に描いたムカデよりもっと実物は worse だとも書いていました。(また同じ絵を出します)――
Jean Webster, Daddy-Long-Legs (New York: Century, 1912), 75
百足はおそろしい生き物 dreadful creatures だ、とジュディーは言います。これが1年前の1年生のころ。
千本足の虫というのは、数式でいうと、
百足×10=1000(本足)
の nasty さです。the worst です。この自省から、翌月のムカデ夫人の図が生じるのではないでしょうか。(また同じ絵を出します)――
Jean Webster, Daddy-Long-Legs (New York: Century, 1912), 155
///////////////////////////////////////
E. R. Eddison, The Worm Ouroboros 朗読 LivriVox <http://www.archive.org/details/worm_ouroboros_jm_librivox>
The Worm Ouroboros, by E. R. Eddison, [1922], at sacred-texts.com <http://www.sacred-texts.com/ring/two/index.htm> 〔Internet Archive にはなぜか音源しか見つからないのですが、Internet Sacred Text Archive <http://www.sacred-texts.com/index.htm> にE-text がありました〕
kaoru さん、こんにちは。
おげんきですか。
by morichanの父 (2010-01-27 17:46)