足のむくまま、またはムカデの方向――脚の話 (6) As the Feet Will Carry: Leg Stories (6) [Daddy-Long-Legs]
ムカデというのは後ろに進まず、前進あるのみなので、戦国武将の装身具の意匠に用いられることもあったのだそうです。そんなことを思いながら『あしながおじさん』の挿し絵を眺めておったのですが、日本の翻訳書のなかには、基本原作者ジーン・ウェブスターの挿画をトレースしながらも、もとの絵では白くとんがった部分を黒くふくらました絵があります(岩波系と旺文社文庫など)。
左端の、マッチ棒の頭みたいになっているところです。元の絵はヨウジみたいに白くとんがっていたのですが。で、これの理由や源泉はどこにあるのかわからない。わからないのですが、もしかすると、絵を作成したひとに、何か考えがあって書き加えたのかもしれません。
それで、あらためてムカデの方向が気になったのでした。
実は、このムカデが左向きであれ右向きであれ、調べてみた20くらいの翻訳はほとんどどれも原画と同じ向きのままです。
けれども、一冊は反転し、もう一冊は垂直方向にねじっていました。後者は実は東健而の本邦初訳(のリプリント)なのですけれど、それは話がねじれそうなので別の機会にして、前者の反転した挿し絵のことについて書きます。
正進社名作文庫10に白木茂による抄訳でおさめられた『足ながおじさん』(正進社、1970)です。――
批評のための引用のつもりなのですが、著作権が気になるので、小さな画像にし、文字はぼかします。
特に童話とかで、話の進行と登場人物の向きが関わっているような挿し絵で、左右を反転させて翻訳をつくるということは、むかしから行なわれてきたことで、児童文学の翻訳者などが講演とかで話すネタのひとつになっていたりします。あと、これは日→英などの逆方向ですが、漫画の翻訳でも一括して反転させることがしばしば行なわれてきました。
『あしながおじさん』の生き物の挿し絵をパラパラ眺めると、特に右向きになっているわけでもなく、むしろ左向きのカメとか馬とか恐竜とかが目にとまります。だから全体としては挿し絵の向く方向はないのでしょう。
けれども、この百足図については、記事「脚の話 (2) ――詩の歩格や詩脚についてムカデのむこうに透視するの巻の上 Leg Stories (2): Foots, Meters, and Centipedes Pt.1」でも書いたように、文章のなかにラインとして組み込まれている趣きがあります。
正進社文庫の訳者、あるいは訳者と挿絵画家(というか編集者?)は、なに(か)を考えて反転させたのでしょうか。他の箇所の挿し絵は反転されてはおらんのですが。
そして、文章のまんなかにこの百足図を取り込んでいるところもこの本は例外的で、他の翻訳はページの上や下のすみに置くのがふつうで、ページが違ったりもしています。もとの英語では
[. . .] It was caused by a centipede like this:
[百足図]
only worse. [. . .]
というかたちでした。もっとも正進社文庫の訳も、こういう位置関係は崩していて、あるべき(と自分には思われる)位置に置かれているわけではありません。細かくいうと――再び例の原文ページを出します――
Jean Webster, Daddy-Long-Legs (New York: Century, 1912)
――細かくいうと、原文では、「にくらしいムカデのせいよ、この絵よりも、よっぽど、いやらしいやつだわ。」の「にくらしいムカデのせいよ。」は「・・・・・・〔あたしの部屋に、と〕んできました。」にあたる文とつづけて同じ段落に入っていたのを、翻訳は "It was caused ... " から改行しています。
そして、8行の中央に反転したムカデ図を入れて、ページの最後の8行目の上半分の終わりで「たたき↘ 」として矢印指示を出し、「↘ つぶされ」と下半分の1行目に戻しています。〔19時付記――すいません。(よ)み直したら、ページの最終行は「すわ。」で、これはムカデラインからはみだしておりました。渦巻きぼかしで読めなくなっていますが、8行の下段の最終行は「くるほうが、よっぽどいいくらいで」です。〕
これは、なんというか、ムカデ図の生かし方としてはとてもおもしろいと思います。
それにしても、だとしても、いや、だからこそ反転が行なわれたのでしょうか? このムカデは左を向いているのでしょうか?
上下左右に斜めに反転と、頭がくるくるしたのでした。
kaoru さま、こんばんは~♪
by morichanの父 (2010-01-28 19:38)