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名もない Nameless [文法問題]

昨年の8月から見ないままたまっていたNHKの大河ドラマ『龍馬伝』を今日ようやく見終わった。 

  「完」のあとの最後の「龍馬伝紀行」(女性アナウンサーがゆかりの墓所や史跡を語る数分のオマケ)の結びのコトバ――

幕末。新しい時代の扉を開いたのは、龍馬や弥太郎のような、志を抱いた、名もなき若者たちでした。それは、わずか150年前のことだったのです。

  (守本奈実アナウンサーの語りは、ゆっくりまったりしているので、句読点は間違っているかもしれません。WEBでググると「幕末、新しい時代の扉を開いたのは、龍馬や弥太郎のような志を抱いた名もなき若者たちでした。それはわずか150年前のことだったのです。」というのがもっぱらのようです。)

  「名もない」という現代文文体ではなくて「名もなき」としているのは、まー、演歌とか漫画とかで、型にはまった情緒的なフレーズを好む作家にしばしば見られるものでしょうか――「哀しきトランジット・エイジ」(「トランジット・エイジ」)とか「蒼白き頬のままで」「名も無き星たちよ」「夢を追い続けるなり」(「昴―すばる」)とか・・・・・・「悲しきカンガルー」とか「悲しきあしおと」という洋楽の訳題もありました。なんとかいうゴルフ漫画の語り的文章とか。あ、テレビ朝日見ていたら、『BALLAD 名もなき恋の歌』を放送するとか・・・・・・ううむ、これは「BALLAD」は題名ではないと表示しつつ「BALLAD 名もなき恋の歌」という名の歌(映画)だということを指示しているのでしょうか。・・・・・・ともあれ、いまここで古語的ないし漢語的いいまわしの情緒性・浪花節性を議論するつもりはなく、かねて英語でも気になっている「名のない」という表現の曖昧さについてメモっておきたいのです。

  ○名もない  人があまり関心を示さず、名前の知られていない。ごく普通の。無名の。「花」 (『広辞苑』)

  ○なもない【名も無・い】  有名でない。名前を知られていない。「花」 (『明鏡国語辞典』)

  「龍馬や弥太郎のような志を抱いた名もなき若者たち」と書くと、「龍馬や弥太郎の(抱いた)ような志を抱いた、(龍馬や弥太郎ではない)名もなき若者たち」と読めるかもしれません。「龍馬や弥太郎のような、志を抱いた、名もなき若者たち」というのは、龍馬や弥太郎={志を抱いた・名もなき}若者たちという関係です。これは文脈でも確認されるところで、自信あります。「名もなき若者は、そのとき龍になった」ということばがブログやツイッターで散見されますし。

  そもそも、調べてみると、NHKによる出演者発表を告げるNHK自身のブログ 2009.7.14で「名もなき若者は、その時「龍」になった―大河ドラマ「龍馬伝」出演者発表!」と書かれておったのでした <http://www.nhk.or.jp/dramatopics-blog/2000/23281.html>。「その時」がいつかはわからんし、その時「名もなき」から「名がある」に変わったのかどうかもわかりませんけれど、最後の守本奈実アナウンサーの(同じく)外枠的語りを信じれば、ずっと「名もなき若者」だったのでしょう。へんなの。

  そうすると、ドラマ冒頭から強調されているように「下士」(郷士)出身という、坂本龍馬や岩崎弥太郎の社会階層上の低さ、普通さをあらためて強調して「名もなき」と称しているのでしょうか。上に挙げたふたつの国語辞典で、なんとかあてはまる(でも違和感はやっぱりある)のは「ごく普通の」しかありません。

  なお、国語辞典で、「無名」というコトバはつぎのように記述されています。

む-めい【無名】 ①名を記さないこと。無記名。 ②名の分からないこと。「戦士の墓」 ③世間に名の知れていないこと。名高くないこと。「の歌手」⇔有名。 (『広辞苑』)

む-めい【無名】 〘名〙①名前がないこと。名前がわからないこと。また名前を記さないこと。「の草花」「投票」  ②名前が世間に知られていないこと。「の作家」 (『明鏡国語辞典』)

  さて、疑問を並べてみます。その一。なるほど、無名は有名の反対で、そのときの「名」というのは評判とか名誉とかいう意味なのでしょう(英語だとreputation とか。しかし「無名の草花」とは何か? 名前がわからない草花? ひるがえって「名もない花」(両方の辞典で用例に引かれている)とはやっぱり名前がわからない花? そのとき「名前がわからない」というのは、誰にとって? 「名もない花」と呼ぶ主体にとってでしょうか、それとも学問的に未知の花なのでしょうか。後者はほぼありえないでしょう・・・・・・新種発見。であるなら、自分が知らない・わからないからって「名もない花」などと呼ぶのはその人の思い上がりではないでしょうか(カルメン・マキ(寺山修司)のように「(野に咲く花の)名前は知らない」と言えばよい)。そこには、名もない人々との類推・投影によって、しばしば自分(人)と花とを同一化する気分があったりするのじゃないでしょうか。

  その二。ひるがえって、坂本龍馬や岩崎弥太郎みたいな歴史に残る有名人を「名もなき若者たち」と称するのはやっぱりヘンだ。そうでなければ文法的トリックかもしれない。「歴史は名もなき人々によって作られる」みたいなイデオロギーが透けて見えるんじゃないだろうか。

  (疑問じゃないけど)その三。英語の nameless は日本語の「名もない」「無名の」と複数の語義において通じるところがあるでしょう。でも「無名戦士(兵士)」というのは英語だと the Unknown Soldier (これは1920年代からのアメリカの言い方で、イギリスだと the Unknown Warrior)です(名前のわからない兵士の遺体を代表するのがこの大文字の表現。小文字で個々の無名兵士を指すこともあるけど)。日本語の「名もない」戦士的なイメジとは違います。あくまで身元不詳ということです。いっぽう nameless grave というと「無縁塚」みたいな感じかしら。これは墓に名前がないのであって、人に名前がないのではないです。ところで東京港区の青山墓地には〔解放運動〕無名戦士墓というのがあります。ここに入っているので有名なのは『女工哀史』を書いた細井和喜蔵でしょう。「無名」性についての思想がやっぱりあるんじゃないかと思われます。

  で、このごろ書いていること(もとは「希望という名の光」)に無理やりつなげると、日本人ならびに日本語は「名」を嫌いつつ好きだなあ、みたいな。

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【東日本大震災】 カンヌ映画祭開幕 名もなき無数の魂に捧ぐ 2011.5.13 <http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/110513/ent11051307550008-n2.htm> 〔MSN三系ニュース〕

解放運動無名戦士の墓とは? <http://www.jcp.or.jp/akahata/aik3/2004-04-15/12_01.html>


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