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ディドロの「私の古い部屋着への惜別」(1) Regrets sur Ma Vielle Robe de Chambre (1) [私の古い部屋着への惜別]

『百科全書』で有名なフランスの哲学者ディドロ Denis Diderot, 1713-84 は、同じく啓蒙思想家で理神論者だったアメリカのベンジャミン・フラクンリンなんかよりももしかするとずっと文学的なひとで、小説も書いた(ベンちゃんはアメリカ短篇小説の最初とも言われるポリーなんとかの弁明と『自伝』だけだ)。

  あ゛・・・・・・じつはフランス語の勉強に燃えたのでした(マラルメはポーを読めるようになるべく英語を勉強したというが)。フランス語のウィキペディアは <http://fr.wikipedia.org/wiki/Denis_Diderot> です。

235px-Louis-Michel_van_Loo_001.jpg
Diderot par Louis-Michel van Loo (1767)

  "Regrets sur [de] ma Vielle Robe de Chambre ou Avis à Ceux Qui Ont Plus de Goût Que de Fortune" (「私の古い部屋着への惜別、または財産より趣味を多く持つ人へ与える意見」)は1772年に発表されたエッセイで、原文は Project Gutenberg で読めます―― <http://www.gutenberg.org/ebooks/13863>。日本語のウィキペディアによると「邦訳の『著作集』は法政大学出版局で3巻刊行された。(1976-89年)」のだそうだけれど、それに入っているかどうかいまは確認できません(勢いで書いているw)。

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私の古い部屋着への惜別、または財産より趣味を多く持つ人へ与える意見

                                                             ドニ・ディドロ

     Pourquoi ne l'avoir pas gardée?  Elle était faite à moi; j'étais fait à elle.  Elle moulait tous les plis de mon corps sans le gêner; j'étais pittoresque et beau.  L'autre, raide, empesée, me mannequine.  Il n'y avait aucun besoin auquel sa complaisance ne se prêtât; car l'indigence est presque toujours officieuse. Un livre était-il couvert de poussière, un de ses pans s'offrait à l'essuyer.  L'encre épaissie refusait-elle de couler de ma plume, elle présentait le flanc.  On y voyait tracés en longues raies noires les fréquents services qu'elle m'avait rendus.  Ces longues raies annonçaient le littérateur, l'écrivain, l'homme qui travaille.  A présent, j'ai l'air d'un riche fainéant; on ne sait qui je suis.

  どうしてあれをとっておかなかったのだろう? あれはわたしにフィットしていたし、わたしもあれにフィットしていた。あれはわたしの体に窮屈でなく、体のあらゆるラインにはまっていた。わたしはピトレスク〔pittoresque〕で美しかった。もうひとつのは、こわばっていて、ごわごわしていて、わたしをマネキンみたいにぎこちなくさせる。いかなる用事にもあの服はこころよくはからってくれた。というのも貧窮というのはつねに親切なものだから。本がほこりだらけになっていると、部屋着の襞がそれを拭いてくれた。ペンのインクが濃くなってきて出るのを拒んだときには部屋着がその裾を提供してくれたので、頑固なペンから出てきた長い黒いラインが跡になっているのが見えるだろう。長いすじは、その持ち主が著述家、作家、刻苦する人間だということを吹聴していた。いまのわたしは裕福なのらくら者で、誰もわたしが何者かわからない。

(つづく・・・・はやっw) 

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フランス語のピトレスク pittoresque はイタリア語のピトレスコ pittoresco がもとで、フランス語を経由してピクチャレスク picturesque として英語に入るのが18世紀中葉のことです。"pittore" は picture (絵)じゃなくて painter (絵描き・画家)であって、ピクチャレスクは「絵のような」という意味ではなくて、もともとは「画家の painter's」 というような意味なのでした。「画家の目で見て絵になる」というような意味合い。

  ディドロは美学関係の著作がけっこうあるのだけれど、ピクチャレスク趣味のひとだったのかしら。エッセイの最後からふたつめの段落にも出てきます。――

Si vous voyiez le bel ensemble de ce morceau; comme tout y est harmonieux; comme les effets s'y enchaînent; comme tout se fait valoir sans effort et sans apprêt; comme ces montagnes de la droite sont vaporeuses; comme ces rochers et les édifices surimposés sont beaux; comme cet arbre est pittoresque; comme cette terrasse est éclairée; comme la lumière s'y dégrade; comme ces figures sont disposées, vraies, agissantes, naturelles, vivantes; comme elles intéressent; la force dont elles sont peintes; la pureté dont elles sont dessinées; comme elles se détachent du fond; l'énorme étendue de cet espace; la vérité de ces eaux; ces nuées, ce ciel, cet horizon! Ici le fond est privé de lumière et le devant clair, au contraire du technique commun.  Venez voir mon Vernet; mais ne me l'ôtez pas.

  この絵のアンサンブルをあなたが見たならば、どれほどすべてが調和していることか、どれほど効果が連鎖していることか・・・・・・どれほどこの木はピトレスクなことか。

Pittoresque_Cartepostale_LauvergnePittoresque.jpg
L'Auvergne pittoresque  post cartel, 14x9 cm   image: toupapier.com <http://www.toupapier.com/description.php?lang=1&path=1117&sort=Les plus populaires&page=60&id=2020>

   廃墟趣味的な感性もイギリスと通じ合っていたのかしら。あ、廃墟じゃないか。Chateau de Chazeron?  シャズロン城


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ディドロの「私の古い部屋着への惜別」(0) Regrets sur Ma Vielle Robe de Chambre (0)  [私の古い部屋着への惜別]

ディドロの「私の古い部屋着への惜別」(1) Regrets sur Ma Vielle Robe de Chambre (1) 

 

  調べてみたら、19世紀のアセザ (Jules Assezat編)版ディドロ全集 ?uvres completes de Diderot が全巻ではないかもしれないけれど Internet Archive に入っていました。その第4巻 Miscellanea philosophique (哲学雑篇)の冒頭に "Regrets sur Ma Vielle Robe de Chambre" は収められています。<http://www.archive.org/stream/uvrescompltesde06assgoog#page/n13/mode/2up>

Diderot(AssezatEd.,1875).JPG?

  注釈がついているだけでなく、1772年にパンフレットとして出版された(出版地は書いていないけれど、スイスで印刷されたと推定されている)ときの "R." による読者宛 Avis au Lecteur の前書きも付いていました。ということで0に戻ります(やれやれ)――

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Diderot(AssezatEd.,1875)robe2.JPG

  ディドロ氏がたまたまマダム・ジョフラン (Mme Geoffrin) に格別の奉仕をする機会があって、夫人は感謝の気持ちから、ある日哲学者〔ディドロのこと〕のわび住まいの襤褸をすべて引越しさせて別の家具類を入れようと思い立った。新しい家具類は美しかったけれどもきわめて簡素なもので、「緋の衣の改悛者 penitent en robe de chambre d'ecarlate」による詩的な筆致によってはじめて趣味のあるものとなった。
  この「惜別」のなかで語られているライス (Lais) はヴェルネ (VERNET) 〔クロード=ジョセフ・ヴェルネ Claude-Joseph Vernet, 1714-89 フランスの風景画家〕?の絵の題である。ディドロ氏はそれは一文もかからなかったと書いているけれど、氏がヴェルネに25ルイ受け取らせたことは確かだ。たいした額ではないが、哲学者の財布にとってはやはりたいした金である。それは哲学者に自分の絵を絶対に受け取ってくれるよう望んだ画家の罪ではないが、哲学者は、彼のいうところでは、少なくとも絵の具代は払うことを欲して、ヴェルネは譲歩せざるを得なかったのだ。

―R.

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  ヴェルネは本文中でくりかえし言及される画家で、ディドロと個人的に親交がありました。クロード・ロランやサルヴァトール・ローザから強い影響を受けてとくに海洋風景を得意としたのだそうで、文中最初に言及される絵は『嵐』です。―― "Deux estampes qui n'etaient pas sans merite: la Chute de la manne dans le desert du Poussin, et l'Esther devant Assuerus du meme; l'une honteusement chassee par un vieillard de Rubens, c'est la triste Esther; la Chute de la manne dissipee par une Tempete de Vernet."

  ヴェルネは多作の画家(200枚以上描いたとか)で、 "Tempete . . ." と題する絵もいくつもいくつもあるみたい。

Claude-Joseph Vernet - La Tempete sur le phare.jpg
Claude-Joseph Vernet  La Tempete sur le phare
[コピーライト] L'Internaute Magazine / Tiphaine Bodin Musee des Beaux-arts de Nantes
 
image: <http://www.linternaute.com/musee/diaporama/1/7026/musee-des-beaux-arts-de-nantes/5/31331/la-tempete-sur-le-phare/>

Vernet_Tempete_cote_mediterraneenne.jpg
Claude-Joseph Vernet, Tempete sur une cote mediterraneenne, vers 1745
Canberra, National Gallery of Australia
image via La Tribune de l'Art <
http://www.latribunedelart.com/spip.php?page=docbig&id_document=410>

TEMPET~1.JPG
Claude Joseph Vernet, Tempete de mer avec epaves de navires
(Ancienne Pinacotheque de
Munich)
image via Romantisme francais <
http://fr.academic.ru/dic.nsf/frwiki/1449053>

Vernet_Tempete.jpg
クロード=ジョゼフ・ヴェルネ 《嵐の海》  1740頃
キャンヴァス、油彩  89.0×167.0cm? 静岡県立美術館蔵?
image: 静岡県立美術館 <
http://www.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/japanese/collection/symphony/fukei/pt3_31.php>

  あとはディドロの本文の該当箇所で検討することにします。それにしてもサブライムとピクチャレスクの融合みたいな感じで、なるほどサルヴァトール・ローザの影響が大きいかと。


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ディドロの「私の古い部屋着への惜別」(2) Regrets sur Ma Vielle Robe de Chambre (2) [私の古い部屋着への惜別]

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  どうしてあれをとっておかなかったのだろう? あれはわたしにフィットしていたし、わたしもあれにフィットしていた。あれはわたしの体に窮屈でなく、体のあらゆるラインにはまっていた。わたしはピトレスク〔pittoresque〕で美しかった。もうひとつのは、こわばっていて、ごわごわしていて、わたしをマネキンみたいにぎこちなくさせる。いかなる用事にもあの服はこころよくはからってくれた。というのも貧窮というのはつねに親切なものだから。本がほこりだらけになっていると、部屋着の襞がそれを拭いてくれた。ペンのインクが濃くなってきて出るのを拒んだときには部屋着がその裾を提供してくれたので、頑固なペンから出てきた長い黒いラインが跡になっているのが見えるだろう。長いすじは、その持ち主が著述家、作家、刻苦する人間だということを吹聴していた。いまのわたしは裕福なのらくら者で、誰もわたしが何者かわからない。

  本文のつづきです。やっと第2、第3、ついでに第4パラグラフ――。

Sous son abri, je ne redoutais ni la maladresse d'un valet, ni la mienne, ni les éclats du feu, ni la chute de l'eau. J'étais le maître absolu de ma vieille robe de chambre; je suis devenu l'esclave de la nouvelle.
あれの庇護のもと、わたしは従僕の粗相も、わたしの粗相も、火の閃光も、水の飛沫もおそれなかった。わたしはわたしの古い部屋着の絶対君主であったのだ。それが新しいやつの奴隷になりさがってしまった。

Le dragon qui surveillait la toison d'or ne fut pas plus inquiet que moi. Le souci m'enveloppe.
金の羊毛を見張っていた龍(*) もいまのわたしほど不安ではなかった。憂いがわたしを包んでいる。

Le vieillard passionné qui s'est livré, pieds et poings liés, aux caprices, à la merci d'une jeune folle, dit depuis le matin jusqu'au soir: Où est ma bonne, ma vieille gouvernante? Quel démon m'obsédait le jour que je la chassai pour celle-ci! Puis il pleure, il soupire.
手も足もくくられて若い娘の気まぐれと愚かさに身を委ねた情痴の老人は、朝から晩まで愚痴をこぼす――わたしのもとのいい、わたしの古い家政婦は、どこだ? この娘にかえてあれを追い出したときに、いかなる悪魔 (démon) がわたしに取り憑いていたのか? そして泣いたりため息をついたりする。

(つづく)

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金の羊毛を見張っていた龍(*)

「金羊毛 la toison d'or」(英  the Golden Fleece)は、ギリシア神話(伝説)にでてくる宝物で、英雄 Jason がアルゴ船隊員たち Argonauts を率いて、王女 Medea の助けを借りてコルキス Colchis より奪還した。モノとしては、人の言葉を話し空を飛ぶ金毛のオヒツジの皮。もともとはフリクソスとその妹ヘレがいけにえに捧げられようとしたときにヘルメスが母親のネフェレに与えたヒツジだったけれど、このヒツジに乗ってコルキスに逃れたフリクソスはヒツジをゼウスに感謝の犠牲として捧げ、皮が森の奥のカシの老木にかけられ、龍がその見張り番につけられた。

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Jason, a Greek hero, led the Argonauts on the quest for the Golden Fleece. Here, Jason finds the ram's hide hanging on a tree.  image and text via Myth Encyclopedia "Jason" <http://www.mythencyclopedia.com/Iz-Le/Jason.html>

  龍は踏みつけにされています。

JasonSchwab.jpg
Schwab による挿画 
image: Dictionary of Greek Mythology "Golden Fleece" <
http://www.mlahanas.de/Greeks/Mythology/GoldenFleece.html>

GoldenFleece&Dragon(MedeahelpsJason).jpg 
image via Astrology by Lauren "The Hero's Journey" <http://www.astrologybylauren.com/apps/blog/show/4782101-the-hero-s-journey>

   龍=蛇  
  ヒツジさんは実体がなくなって皮になっています。

  フリースは服のイメジを持っているのかしら。

Denis Diderot, "Regrets sur Ma Vielle Robe de Chambre" E-text at Project Gutenberg <http://www.gutenberg.org/cache/epub/13863/pg13863.html>

 


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ディドロの「私の古い部屋着への惜別」(3) Regrets sur Ma Vielle Robe de Chambre (3)  [私の古い部屋着への惜別]

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  どうしてあれをとっておかなかったのだろう? あれはわたしにフィットしていたし、わたしもあれにフィットしていた。あれはわたしの体に窮屈でなく、体のあらゆるラインにはまっていた。わたしはピトレスク〔pittoresque(*) で美しかった。もうひとつのは、こわばっていて、ごわごわしていて、わたしをマネキンみたいにぎこちなくさせる。いかなる用事にもあの服はこころよくはからってくれた。というのも貧窮というのはつねに親切なものだから。本がほこりだらけになっていると、部屋着の襞がそれを拭いてくれた。ペンのインクが濃くなってきて出るのを拒んだときには部屋着がその裾を提供してくれたので、頑固なペンから出てきた長い黒いラインが跡になっているのが見えるだろう。長いすじは、その持ち主が著述家、作家、刻苦する人間だということを吹聴していた。いまのわたしは裕福なのらくら者で、誰もわたしが何者かわからない。

  あれの庇護のもと、わたしは従僕の粗相も、わたしの粗相も、火の閃光も、水の飛沫もおそれなかった。わたしはわたしの古い部屋着の絶対君主であったのだ。それが新しいやつの奴隷になりさがってしまった。

  金の羊毛を見張っていた龍(*) もいまのわたしほど不安ではなかった。憂いがわたしを包んでいる。

  手も足もくくられて若い娘の気まぐれと愚かさに身を委ねた情痴の老人は、朝から晩まで愚痴をこぼす――わたしのもとのいい、わたしの古い家政婦は、どこだ? この娘にかえてあれを追い出したときに、いかなる悪魔 (démon) がわたしに取り憑いていたのか? そして彼は泣いたりため息をついたりする。

  つづきです。第5、第6、第7パラグラフ――。

Je ne pleure pas, je ne soupire pas; mais à chaque instant je dis: Maudit soit celui qui inventa l'art de donner du prix à l'étoffe commune en la teignant en écarlate! Maudit soit le précieux vêtement que je révère!  Où est mon ancien, mon humble, mon commode lambeau de calemande?
わたしは泣きはせず、ため息もつかない。けれどもしょっちゅうこう言う――普通の生地を緋色に染めて値打ちをつける術を発明した者は呪われよ! わたしが敬まわねばならぬ高価な衣服は呪われてあれ! わたしの古の、わたしのつつましやかな、わたしのここちよいカルマンド(*)の襤褸着はどこに行ってしまったのか?

Mes amis, gardez vos vieux amis. Mes amis, craignez l'atteinte de la richesse. Que mon exemple vous instruise. La pauvreté a ses franchises; l'opulence a sa gêne.
友たちよ、諸君の旧友を大切にとっておきたまえ。友たちよ、富の接近に注意したまえ。わたしの例が諸君へのよい教訓となるように。貧乏は自由を有するが、裕福は拘束をもたらす。

O Diogène! si tu voyais ton disciple sous le fastueux manteau d'Aristippe, comme tu rirais! O Aristippe, ce manteau fastueux fut payé par bien des bassesses. Quelle comparaison de ta vie molle, rampante, efféminée, et de la vie libre et ferme du cynique déguenillé! J'ai quitté le tonneau où je régnais, pour servir sous un tyran.
ああ、ディオゲネス(**)よ! 汝の弟子がアリスチッポス(***)の贅沢なマントを着ているのを見たらさぞかし笑うことだろう! ああ、アリスチッポスよ、贅沢なマントはたくさんの卑下によって購われたのだ。汝の軟弱で、放縦で、女性的な(****)生き方と、襤褸をまとった犬儒派の自由で確固とした生のあいだにどれだけ懸隔があることか! わたしは今まで君臨していた樽(*****)を、暴君の下に仕えるために、出てしまった。

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カルマンド(*)
calemande は相当する英語が見つからず見当もつかなかったのですけれど、Web の WordReference.com のフォーラムを見たら、ディドロのこの箇所をとりあげて、さらに説明として英語の calimanco だと教わりました。 <http://forum.wordreference.com/showthread.php?t=60551>  で英和辞典だと・・・・・・「1  キャリマンコ(ラシャ):片面だけに格子縞や紋様がついた光沢のある毛織物;18世紀に盛んに用いられた. 2 (pl. calamancos) 1で仕立てた衣服. (またcalimanco)」(ランダムハウス)、「1 キャラマンコラシャ《Flanders 産の光沢のある格子縞毛織物》. 2  この繊維で作った衣服. 【《1592》 Sp. calama(n)co ←?: cf. LL calamaucus head-covering】」(研究社大英和)、「カラマンコ《片面だけに格子縞がある光沢のある毛織物》」(ジーニアス英和大辞典)、「キャリマンコ《16-19世紀のつやのある毛織物》;キャリマンコ製の衣服」(リーダーズ)、「<historical> a glossy woollen cloth chequered on one side only:  -ORIGIN  late 16th cent.: of unknown origin.」(ODE)
  繻子(しゅす)みたいなつやのある、しばしば絹の混じった毛織物で、16~18・19世紀に部屋着や壁布などに使われたようです。フランドル (Flanders) 地方は当時もフランスが入っていたのでしょうか。

ディオゲネス(**)
ディオゲネス Diognes (412?-320?B.C.) は古代ギリシアの犬儒(けんじゅ)派〔Cynic キニク学派〕の代表的哲学者。(*****)(甕という話もあり)の中で暮らしたことで有名。

Gerome_-_Diogenes(1860).jpg
Jean-Léon Gérôme (1824-1904), Diogenes. Öl auf Leinwand (1860), 74.5 x 101 cm. The Walters Art Museum, Baltimore
image via Wikipedia(fr), "Diogène de Sinope" <
http://fr.wikipedia.org/wiki/Diog%C3%A8ne_de_Sinope>

   はい、有名な話ですが、シニカル cynical、シニシズム cynicism のもとになった犬儒派の cynic は「犬」の意味です。
   日本語のウィキペディアは「ディオゲネス (犬儒学派)」。
Waterhouse-Diogenes(1882).jpg
John William Waterhouse (1849–1917), Diogenes (1882)
208.3 × 134.6 cm.  Art Gallery of New South Wales (Sydney, Australia)

アリスチッポス(***)
アリスチッポス〔アリスティッポス〕Aristippos (435? - 356?) (ラテン語と英語だとAristippus)はソクラテスの弟子の哲学者で、快楽主義・享楽主義 (ヘドニズム) (hedonism) を唱えるキュレネ学派 (the Cyrenaic school)の創始者。快楽こそが自己目的的最高善と考えた。このひとはソクラテスの弟子だからプラトンの著作に顔をだすのだけれど、その娘の息子(つまり孫)もアリスチッポス(小アリスチッポス:英語だと Aristippus the Younger)で、こっちのほうが快楽主義思想をきたえあげたとも言われていて、よくわかりまてん。3世紀のディオゲネス・ラウルティウスの『哲学者列伝』を見てもわからない。
  でもその「アリスチッポス伝」の第3節の引用のなかに「女性的な(****)」というのは出てきます。――

[. . .] he enjoyed what was before him pleasantly, and he did not toil to procure himself the enjoyment of what was not present. On which account Diogenes used to call him the king's dog. And Timon used to snarl at him as too luxurious, speaking somewhat in this fashion:

Like the effeminate mind of Aristippus,
Who, as he said, by touch could judge of falsehood.

  Timon というのはプリウスのティモン Timon of Philius (c. 320 - 230 B.C.) ではなくて、シェークスピアの Timon of Athens のモデルになった前5世紀末の伝説的人間嫌いのティモンのほうでしょう。

Aristippus_in_Thomas_Stanley_History_of_Philosophy.jpg
Aristippus of Cyrene.  From Thomas Stanley, The History of Philosophy: containing the lives, opinions, actions and Discourses of the Philosophers of every Sect, illustrated with effigies of divers of them (1655).
image via Wikiquote (it) "Aristippo" <http://it.wikiquote.org/wiki/Aristippo>

  なんか人気がないのか、絵が見つかりません。

☆  ☆  ☆  ☆  ☆

Denis Diderot, "Regrets sur Ma Vielle Robe de Chambre" E-text at Project Gutenberg <http://www.gutenberg.org/cache/epub/13863/pg13863.html>

WordRefference.com: Online Language Dictionaries [English to French, Italian, German & Spanish Dictionary] <http://www.wordreference.com/>


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ディドロの「私の古い部屋着への惜別」(4) Regrets sur Ma Vielle Robe de Chambre (4) [私の古い部屋着への惜別]

ディドロの「私の古い部屋着への惜別」(4) Regrets sur Ma Vielle Robe de Chambre (4)  [私の古い部屋着への惜別]  

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  どうしてあれをとっておかなかったのだろう? あれはわたしにフィットしていたし、わたしもあれにフィットしていた。あれはわたしの体に窮屈でなく、体のあらゆるラインにはまっていた。わたしはピトレスク〔pittoresque〕(*) で美しかった。もうひとつのは、こわばっていて、ごわごわしていて、わたしをマネキンみたいにぎこちなくさせる。いかなる用事にもあの服はこころよくはからってくれた。というのも貧窮というのはつねに親切なものだから。本がほこりだらけになっていると、部屋着の襞がそれを拭いてくれた。ペンのインクが濃くなってきて出るのを拒んだときには部屋着がその裾を提供してくれたので、頑固なペンから出てきた長い黒いラインが跡になっているのが見えるだろう。長いすじは、その持ち主が著述家、作家、刻苦する人間だということを吹聴していた。いまのわたしは裕福なのらくら者で、誰もわたしが何者かわからない。

  あれの庇護のもと、わたしは従僕の粗相も、わたしの粗相も、火の閃光も、水の飛沫もおそれなかった。わたしはわたしの古い部屋着の絶対君主であったのだ。それが新しいやつの奴隷になりさがってしまった。

  金の羊毛を見張っていた龍(*) もいまのわたしほど不安ではなかった。憂いがわたしを包んでいる。

  手も足もくくられて若い娘の気まぐれと愚かさに身を委ねた情痴の老人は、朝から晩まで愚痴をこぼす――わたしのもとのいい、わたしの古い家政婦は、どこだ? この娘にかえてあれを追い出したときに、いかなる悪魔 (démon) がわたしに取り憑いていたのか? そして彼は泣いたりため息をついたりする。

  わたしは泣きはせず、ため息もつかない。けれどもしょっちゅうこう言う――普通の生地を緋色に染めて値打ちをつける術を発明した者は呪われよ! わたしが敬まわねばならぬ高価な衣服は呪われてあれ! わたしの古の、わたしのつつましやかな、わたしのここちよいカルマンド(*)の襤褸着はどこに行ってしまったのか?

  友たちよ、諸君の旧友を大切にとっておきたまえ。友たちよ、富の接近に注意したまえ。わたしの例が諸君へのよい教訓となるように。貧乏は自由を有するが、裕福は拘束をもたらす。

  ああ、ディオゲネス(**)よ! 汝の弟子がアリスチッポス(***)の贅沢なマントを着ているのを見たらさぞかし笑うことだろう! ああ、アリスチッポスよ、贅沢なマントはたくさんの卑下によって購われたのだ。汝の軟弱で、放縦で、女性的な(****)生き方と、襤褸をまとった犬儒派の自由で確固とした生のあいだにどれだけ懸隔があることか! わたしは今まで君臨していた樽(*****)を、暴君の下に仕えるために、出てしまった。

  つづきです。第8、第9、第10、第11パラグラフ――。

Ce n'est pas tout, mon ami. Écoutez les ravages du luxe, les suites d'un luxe conséquent.
それだけではないのだ、我が友よ。それに続いて起こった奢侈の嵐、奢侈の一連の結果に耳を傾けよ。

Ma vieille robe de chambre était une avec les autres guenilles qui m'environnaient. Une chaise de paille, une table de bois, une tapisserie de Bergame, une planche de sapin qui soutenait quelques livres, quelques estampes enfumées, sans bordure, clouées par les angles sur cette tapisserie; entre ces estampes trois ou quatre plâtres suspendus formaient avec ma vieille robe de chambre l'indigence la plus harmonieuse.
わたしの古い部屋着は、わたしを取り巻く他の襤褸とひとつになっていた。ワラの椅子(*)、木のテーブル、ベルガム(**)の壁掛け、何冊かの本をのせていたモミの板、額に入れられておらず壁掛けの角のところにピンで止められただけの煤けた数枚の版画、そして版画のあいだに吊るされた三つ四つの石膏像が、わたしの古い部屋着と一緒になって、貧乏の最も調和的な効果を形成していた。

Tout est désaccordé. Plus d'ensemble, plus d'unité, plus de beauté.
[いまや]すべてが調子がはずれている。もはやアンサンブル〔全体的効果〕も統一も美もない。

Une nouvelle gouvernante stérile qui succède dans un presbytère, la femme qui entre dans la maison d'un veuf, le ministre qui remplace un ministre disgracié, le prélat moliniste qui s'empare du diocèse d'un prélat janséniste, ne causent pas plus de trouble que l'écarlate intruse en a causé chez moi.
牧師館(***)に新しく来たうまずめの新しい家政婦も、男やもめの家に入った女も、面目失墜した大臣の座にとってかわった大臣も、ヤンセン派(****)の司教の管区を奪ったモリーナ派(*****)の司教も、緋色の闖入者が私のところに起こしたような混乱は惹き起こさない。

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ワラの椅子(*)
chaise de paille たぶんゴッホのアルル時代の絵のようなやつ――

VincentVanGogh-LaChaiseetlaPipe.jpg
Vincent van Gogh, La Chaise et la Pipe [The Chair and the Pipe] / Vincents Stuhl mit Pfeife [Vincent's Stool with Pipe] / Van Gogh's Chair (1888) National Gallery, London. 
image via Wikimedia Commons <
http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Vincent_Willem_van_Gogh_138.jpg?uselang=ja>

  日本では「アルルのゴッホの椅子」とか「パイプが載っている椅子」とか呼ばれているみたい。1888年の絵ですけど、前年の1887年には都会のパリにいたのでした。

ベルガム(**)
Bergame に相当する英語は Bergamo。もともとイタリア北部のロンバルディア州の町の名。ベルガムとは、はじめイタリアのベルガモでつくられ、フランスでは16世紀末から使用され、製造されるようになった、ウール、絹、木綿、麻、あるいはヤギや牛の毛で織られた質素なタペストリー。フランスではノルマンディー地方のルーアン (Rouen)(ジャンヌ・ダルクが火刑になった町) とエルブフ (Elbeuf) が製造の中心地だった。ゴブラン織が高級なタペストリーとしてあるのに対して、粗野な壁掛けとしてあったらしい。明代の中国からで壁紙 (wallpaper) とその技術が伝わり、そしてとくに19世紀に広まるまでは壁掛けが用いられていた。・・・・・・"Designer Fabrics" というサイトで "Bergamo tapestry" を検索すると、意外と高級なのもありそう <http://www.iluvfabrix.com/products.php?cid=13&page=15>。

牧師館(***)
presbytère はプロテスタントの長老派教会 (Presbyterian Church) を思い起こす綴りだけれど、新教以前にキリスト教会に「長老」はいて、初期キリスト教会でも「監督」の下が「長老」なのだけれど、簡単にいうと、のちの司祭(監督⇒司教に対して)です。司祭はプロテスタントだと牧師です。だから英語だと rectory か manse で、「牧師館」です。どこのセクトの牧師・司祭にせよ、「子だくさん」という俗説(?)があるけれど、そういうセクシュアルなことをあてこすっているのかどうか不明(stérile = sterile (英) =  「子ができない」「不妊の」)。

ヤンセン派(****)
janséniste は英語だと Jansenist。ヤンセン Cornelis Jansen (1585-1638) はオランダのカトリック神学者。ヤンセン主義とはこのヤンセンの教会改革の精神を奉じる主張・運動だが、とくに性に対する厳格な考えを特徴とする。

モリーナ派(*****)
moliniste は16世紀スペインのイエズス会士ルイス・デ・モリーナ Luis de Molina (1535-1600) が唱えた Molinism (molinisme 仏) を奉じる立場。神の恩寵と人間の自由意志の調和を、神の恩恵は人間の自由意志に左右される、あるいは神の恩恵は人間の意志的同意によってのみ力がある、人間の自由意志の協力が必要である、というかたちで唱える(自由意志の同意をもってはじめて力を発する「充足的恩恵」という概念の導入)。充足的恩恵はGoogle 検索で2つしか出てこない。Yahoo 智恵袋あたりで聞いてみようかなw。

父と子と聖霊 キリスト キリスト教 AVE MARIA アヴエ マリア 天使祝詞 ...

おおくの神学者達や私たちの修道会の支持をうけている私たちの学説又は意見は,内在的に効果的な恩恵と完全に一致するとともに,まことの充足的恩恵とも合致しています。 ・ ・・。 P166 ミサや告白のほかに,いのりの生活の為ピオ神父がすすめた主要な事 ...
www.geocities.co.jp/Bookend-Akiko/6063/sub1.htm - キャッシュ
 
実は、神は烈しい熱意、溢れるような愛と豊かな恵みを取り上げられたが、永遠の救いのための充足的恩恵は残っているからである。 ... 反対に、荒みの中にある人は、充足的 恩恵をもつ自分が全ての敵に十分抵抗できると考え、創造主を頼りにして、力を身に ...
www.beati.jp/se.html - キャッシュ

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ディドロの「私の古い部屋着への惜別」(5) Regrets sur Ma Vielle Robe de Chambre (5) [私の古い部屋着への惜別]

ディドロの「私の古い部屋着への惜別」 (5) 

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                 私の古い部屋着への惜別、または財産より趣味を多く持つ人へ与える意見

                                                                      ドニ・ディドロ

  どうしてあれをとっておかなかったのだろう? あれはわたしにフィットしていたし、わたしもあれにフィットしていた。あれはわたしの体に窮屈でなく、体のあらゆるラインにはまっていた。わたしはピトレスク〔pittoresque〕(*) で美しかった。もうひとつのは、こわばっていて、ごわごわしていて、わたしをマネキンみたいにぎこちなくさせる。いかなる用事にもあの服はこころよくはからってくれた。というのも貧窮というのはつねに親切なものだから。本がほこりだらけになっていると、部屋着の襞がそれを拭いてくれた。ペンのインクが濃くなってきて出るのを拒んだときには部屋着がその裾を提供してくれたので、頑固なペンから出てきた長い黒いラインが跡になっているのが見えるだろう。長いすじは、その持ち主が著述家、作家、刻苦する人間だということを吹聴していた。いまのわたしは裕福なのらくら者で、誰もわたしが何者かわからない。

  あれの庇護のもと、わたしは従僕の粗相も、わたしの粗相も、火の閃光も、水の飛沫もおそれなかった。わたしはわたしの古い部屋着の絶対君主であったのだ。それが新しいやつの奴隷になりさがってしまった。

  金の羊毛を見張っていた龍(*) もいまのわたしほど不安ではなかった。憂いがわたしを包んでいる。

  手も足もくくられて若い娘の気まぐれと愚かさに身を委ねた情痴の老人は、朝から晩まで愚痴をこぼす――わたしのもとのいい、わたしの古い家政婦は、どこだ? この娘にかえてあれを追い出したときに、いかなる悪魔 (démon) がわたしに取り憑いていたのか? そして彼は泣いたりため息をついたりする。

  わたしは泣きはせず、ため息もつかない。けれどもしょっちゅうこう言う――普通の生地を緋色に染めて値打ちをつける術を発明した者は呪われよ! わたしが敬まわねばならぬ高価な衣服は呪われてあれ! わたしの古の、わたしのつつましやかな、わたしのここちよいカルマンド(*)の襤褸着はどこに行ってしまったのか?

  友たちよ、諸君の旧友を大切にとっておきたまえ。友たちよ、富の接近に注意したまえ。わたしの例が諸君へのよい教訓となるように。貧乏は自由を有するが、裕福は拘束をもたらす。

  ああ、ディオゲネス(**)よ! 汝の弟子がアリスチッポス(***)の贅沢なマントを着ているのを見たらさぞかし笑うことだろう! ああ、アリスチッポスよ、贅沢なマントはたくさんの卑下によって購われたのだ。汝の軟弱で、放縦で、女性的な(****)生き方と、襤褸をまとった犬儒派の自由で確固とした生のあいだにどれだけ懸隔があることか! わたしは今まで君臨していた樽(*****)を、暴君の下に仕えるために、出てしまった。

  それだけではないのだ、我が友よ。それに続いて起こった奢侈の嵐、奢侈の一連の結果に耳を傾けよ。

  わたしの古い部屋着は、わたしを取り巻く他の襤褸とひとつになっていた。ワラの椅子(*)、木のテーブル、ベルガム(**)の壁掛け、何冊かの本をのせていたモミの板、額に入れられておらず壁掛けの角のところにピンで止められただけの煤けた数枚の版画、そして版画のあいだに吊るされた三つ四つの石膏像が、わたしの古い部屋着と一緒になって、貧乏の最も調和的な効果を形成していた。

  [いまや]すべてが調子がはずれている。もはやアンサンブル〔全体的効果〕も統一も美もない。

  牧師館(***)に新しく来たうまずめの新しい家政婦も、男やもめの家に入った女も、面目失墜した大臣の座にとってかわった大臣も、ヤンセン派(****)の司教の管区を奪ったモリーナ派(*****)の司教も、緋色の闖入者が私のところに起こしたような混乱は惹き起こさない。

  つづきです。第12、第13、第14パラグラフ――。

Je puis supporter sans dégoût la vue d'une paysanne. Ce morceau de toile grossière qui couvre sa tête; cette chevelure qui tombe éparse sur ses joues; ces haillons troués qui la vêtissent à demi; ce mauvais cotillon court qui ne va qu'à la moitié de ses jambes; ces pieds nus et couverts de fange ne peuvent me blesser: c'est l'image d'un état que je respecte; c'est l'ensemble des disgrâces d'une condition nécessaire et malheureuse que je plains. Mais mon coeur se soulève; et, malgré l'atmosphère parfumée qui la suit, j'éloigne mes pas, je détourne mes regards de cette courtisane dont la coiffure à points d'Angleterre, et les manchettes déchirées, les bas de soie sales et la chaussure usée, me montrent la misère du jour associée à l'opulence de la veille.
わたしは田舎女を見ても嫌悪感をもたずに我慢することができる。彼女の頭を覆う粗野な布地も、彼女の頬にたれかかる髪の毛も、彼女の体をなかばしか包まない襤褸着も、彼女の脚の半分までしか達しない粗末な短いスカートも、泥だらけの裸の足も、わたしを傷つけることはできない。それはわたしが敬意を払う状況のイメジなのだ。それはわたしが憐憫をよせる窮乏と不幸の状態のアンサンブルなのだ。だが、わたしの心がむかつくものはなにか。その背後からは芳しい雰囲気がただようけれども、レース〔ポワン・ダングルテール(*)の帽子と切れた袖口と絹の靴下とすり減らした靴とが、昔日の富裕にひきかえた今日の悲惨をわたしに見せる娼婦からわたしは目をそらすのである。

Tel eût été mon domicile, si l'impérieuse écarlate n'eût tout mis à son unisson.
もしも、専横な緋色の女(**)がすべてを自分の調子に合わせていなかったとしたら、わたしの住まいはそんなだったろう。

J'ai vu la Bergame céder la muraille, à laquelle elle était depuis si longtemps attachée, à la tenture de damas.
わたしはベルガムが、ずっと以前から掛かっていた壁面を、ダマスクの布に譲るのを見た。

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ポワン・ダングルテール(*)
points d'Angleterre の "d'Angleterre" は「英国の」の意味だが、英仏間でレースの輸入が禁止された時代(たぶん1662~1699 らしい)にブリュッセルで作られたレースの呼称(ポワン point とは本来は英語だと needlepoint と呼ばれる針を使って作るものだが、このレースの場合は bobbin を用いたらしい)。17世紀末には禁が解かれたが、その後もこの名称が用いられた。WWW.LACE-TAPESTRIES.COM の説明――

It is a mixed lace. The name "Point d'Angleterre" was given to a Flemish lace produced at the time when the law prohibiting the importation or foreign laces (in England and France) was being strictly enforced. It is a mixed technique of very fine bobbin lace (Duchesse) on a needlepoint net with needle lace motifs for the fillings. The wealth of floral designs and the fineness of the petals, pearls, and snowdrops in the appliqué work are perfectly balanced. This type of lace reached its peak in Flanders during the 19th century.  <http://www.lace-tapestries.com/en/point-d-angleterre.htm>

Point d'Angleterre,18thc-470306896775519.jpg
Point d'Angleterre, 18th century
image via "Brussels lace : Reference (The Full Wiki) <
http://www.thefullwiki.org/Brussels_lace>

緋色の女(**) 
écarlate 緋色の女というのは第11段落では「緋色の闖入者 l'écarlate intruse」と呼ばれた、新しい部屋着。それは田舎女と対照される娼婦になぞらえられる。娼婦が汚れた絹の靴下や擦り切れた靴を履いていたら見苦しいので、それにあわせて他のものも入れ替わっていったということか。

☆  ☆  ☆  ☆  ☆

Denis Diderot, "Regrets sur Ma Vielle Robe de Chambre" E-text at Project Gutenberg <http://www.gutenberg.org/ebooks/13863>  <http://www.gutenberg.org/files/13863/13863-8.txt>

アセザ (Jules Assézat編)版ディドロ全集 Œuvres complètes de Diderot の第4巻 Miscellanea philosophique (哲学雑篇)<http://www.archive.org/stream/uvrescompltesde06assgoog#page/n13/mode/2up>


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