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『タングルウッド・テールズ』のホートン・ミフリン版の序文 Preface to the Riverside Edition of _Tanglewood Tales_ [父と子]

Internet Archive で Tanglewood Tales を閲覧して、いちばん目に留まるエディションはボストンのHoughton Mifflin 社が1898年ごろに出した "Riverside Literature Series" でした。 ホートン・ミフリン社のリヴァーサイド・プレスは1881年くらいからホーソーンの作品集さらに全集を出している出版社です(たとえば Hawthorne's Works, Illustrated Library Edition の Tanglewood Tales, and Biographical Stories (1881))。なお、このころ既に妻のソファイアは亡くなっており、ホーソーンの本の「版権」(copyright)を管理していたのは次女のRose でした。

  20世紀のオハイオ大学の Century Edition 20巻本のホーソーン全集が現在の定本ですけれど、その前のホーソーン全集は1880年代~90年代の Riverside Edition 13巻本(15巻本(1882)もあり、12巻本もあったけど)で、それは『カリフォルニア時間』の記事「November 26 メリーマウントのメイポールの挿絵について An Illustration of "The Maypole of Merry Mount" [本・読み物 reading books]」で書き写したように、 "Riverside Edition / THE COMPLETE WORKS OF NATHANIEL / HAWTHORNE, WITH INTRODUCTORY / NOTES BY GEORGE PARSONS / LATHROP / AND ILLUSTRATED WITH / Etchings by Blum, Church, Dielman, Gifford, Shirlaw, / and Turner / IN TWELVE VOLUMES / VOLUME ○○." と各巻冒頭に記されていました。 

  この "introductory notes" を記している George Parsons Lathrop というのは、実はローズのだんなだった人です。ローズ・ホーソーンはタングルウッドというかレノックスで1851年に生まれるわけですが、その後父親のホーソーンが、大学の同級だったピアスの大統領選キャンペーン用に伝記を書いた返礼として外国領事の仕事を得た関係で、ロンドン、パリ、フィレンツェ、ローマなど、ヨーロッパで教育を受けます。そして1864年のホーソーンの死後、作家を志して詩作をしたりしました。1871年、ハワイ生まれでニューヨーク、ドレスデンで教育を受けた若い作家・詩人のGeorge Parsons Lathrop (1851–1898) とロンドンで結婚。Rose Hawthorne Lathrop を名乗ります。のちに夫ともにカトリックに転向。1895年離婚。

  詩人としての筆は折って、ホーソーン家の家名復興に心をくだいたようです(母親の1871年の死につづいて、姉のユーナは1877年に亡くなっています。兄さんのジュリアンは多作な作家になりますけど、問題起こして評判落としますし)。晩年はカトリックのシスターになって社会運動に力を注ぎました。

  全集版、ならびに単行本で "G. P. L" のイニシアルで序文を書いているのは、ですからホーソーンの娘の夫のジョージ・パーソンズ・レースロップです。 

  以上、前置き。

"Riverside Literature Series" Edition of Tanglewood Tales <http://www.archive.org/stream/tanglewoodtalesf00hawt3#page/n1/mode/2up>

RiversideLiteratureSeriesEditionofTanglewoodTales.JPG

INTRODUCTORY NOTE.

TANGLEWOOD TALES.

     Hawthorne's first "Wonder-Book" was so well received, that he was induced to undertake another within eighteen months from the time of finishing the first.  To this new volume, made up in the same way of Greek myths retold with a modern, free, half realistic and half fanciful tone, he gave the name "Tanglewood Tales."  The previous series having been ostensibly narrated by one Eustace Bright, among the hills of Berkshire, these additiional stories in the like vein were represented as having been brought by Eustace Bright to Hawthorne, at his new home, The Wayside, in Concord.
     This place Hawthorne had bought and moved into, early in the summer of 1852, after finishing "The Blithedale Romance" at West Newton, during the preceding winter.  Some slight references to it are made in the Introduction headed "The Wayside," where "my predecessor's little ruined, rustic summer-house, midway on the hill-side," is mentioned.  The predecessor was Mr. A. Bronson Alcott, one of the so-called Transcendental school of thinkers, the intimate friend of Ralph Waldo Emerson, and the father of Miss Louisa M. Alcott, since become one of the most popular of writers for children.  This summer-house, therefore, becomes to the mind a sort of station between the new generation and the old, a link between Hawthorne in his capacity of tale-teller to the little folks of America, and the woman who, at that time a child, has in later years assembled from the young people a vast audience of her own.  The romancer speaks of this rustic structure in a letter to George William Curtis, dated July 14, 1852: ―
     "Mr. Alcott expended a good deal of taste and some money (to no great purpose) in forming the hill-side behind the house into terraces, and building arbors and summer-houses of rough stems and branches and trees, on a system of his own.  They must have been very pretty in their day, and are still, although much decayed, and shattered more and more by every breeze that blows."
     No vestige of this sylvan edifice now remains.
     Prior to his return to Concord and installation at The Wayside, Hawthorne had contemplated giving up that humble abode at Lenox, which, in a letter to George William Curtis, he had called "the ugliest little old red farm-house you ever saw," and renting the country-seat of Mrs. Fanny Kemble, in the same vicinity.  But as I have mentioned in the Introductory Note prefixed to the "Wonder-Book," he had already begun to languish somewhat in the inland air of the Berkshire Valley; added to which was the not altogether favorable influence of the striking scenery in that picturesque mountain-district.  In October, 1851, he wrote from Lenox to a friend: "We shall leave here (with much joy) on the first day of December."
     The sojourn at West Newton, however, served only to occupy the interval between Lenox and his settlement at Concord.  After he had arrived at the latter place, he wrote to Horatio Bridge (October 13, 1852): "In a day or two I intend to begin a new romance, which, if possible, I intend to make more genial than the last."  The "last" was "The Blithedale Romance;" but of the newly projected work here mentioned we find no further trace, and it is impossible to conjecture what scheme for a fresh work of fiction was then occupying the author's mind.  The "campaign" Life of Franklin Pierce had already been produced after his coming to The Wayside, and he was apparently free to turn his attention to this projected romance; but instead of pursuing the design, whatever it may have been, he took up the composition of the "Tanglewood Tales," which were completed in the early spring of 1853.  On the 13th of March, that year, he wrote the preface for them.  Ten days later his appointment to the consulate at Liverpool by President Pierce was confirmed by the Senate of the United States.
                                                                 G. P. L.

[1  For a detailed account of The Wayside, the prefatory note to Septimus Felton, in the Riverside Edition of Hawthorne's works, may be consulted.] 

  ホーソーンが引っ越した先のコンコードの Wayside の家の直前の持ち主がブロンソン・オールコットだったことから、児童文学の系譜としてホーソーンと娘のルイーザ・オールコットのつながりに触れています。ルイーザ・メイ・オールコット (1832-88) の両親はフェミニズムを含む進歩的な思想に傾倒していましたが、母親のAbigail は1877年まで生きて『若草物語』の Mrs. March のモデルとなっています。オルコットは生涯独身を通して、父親の超絶主義哲学者ブロンソン・オルコット (Amos Bronson Alcott, 1799-1888) が亡くなった1888年3月4日の二日後に55歳の生涯を閉じています(「醜いわが子――子らよのパート3 My Hideous Progeny: My Chillun, Part 3」参照w)。ローズ・ホーソーンの母親のソファイアもフェミニズムや擬似科学も含めて進歩的・社会改良的な思想に傾倒したひとでした(ナサニエル・ホーソーンは惹かれながらも反発しました)。

[Riverside Edition] A Wonder-Book, Tanglewood Tales, and Grandfather's Chair.  Vol. 4 of The Complete Works of Nathaniel Hawthorne.  Boston and New York: Houghton Mifflin, 1892 <http://www.archive.org/stream/wonderbook00hawtrich#page/n11/mode/2up>

  13巻本全集の第4巻。全集には子供向けの物語がまとめておさめられ、それぞれにG. P. レースロップの序がついています。

 


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貝の火 "Shell Fire" [The Fire Stone] [Gem Fire] [父と子]

宮沢賢治の初期の作品で、死後出版された「貝の火」は、日本語のウィキペディア「貝の火」が解説しているように、作家自身の残した言葉によって、仏教思想を背後にもった円環状の「吉―吝―凶―悔」をプロット構造に入れたことがいちおう証される、短篇童話である。

  John Bester による講談社インターナショナル版の訳(Once and Forever: The Tales of Kenji Miyazawa 所収) は "The Fire Stone" で、その後の単行本の  SarahM. Strong 訳では "Gem Fire" となっている。

  ヒバリを助けて鳥の王から「貝の火」という宝珠をもらうウサギは無垢ではなく、無垢をなくすのでもなく、その父親も知者のようでいて不完全な存在。美や権力のまばゆい幻惑が「貝の火」なのか、貝の火は仏性の象徴なのか。図式化できないところがおもしろい(のかもしれない)。切腹とか大将とかいった言及はいかにも封建制や軍国主義への批判があるようでもある。

  モーリちゃんの国語の宿題で、話の3分の2くらいまでプリントがあって、これを舞台にのせるとして、どの登場人物を演じたいか、結末を考えながら、かつ、自分の性格や体験に即して書け、みたいな課題が出されていた。

  相談を受けて、あらすじをまとめるのを聞きながら、ああ、むかし読んだことあるけど、ぜんぜん思い出せないや、と思ったのだが、親子共通で現在の想像が結節するのは、Bleach ブリーチの宝玉、いや「崩玉」であったw。 だから、藍染(あいぜん)じゃん、と最初言ったのだけれど、既に話に出てきている、ヒバリやキツネやモグラや主人公ホモイやその父、母などから選ばねばならないのだった。

  モーリちゃんは、「カイノヒ」を強引にキャラクター化して、自己投影を試みることにしたみたいで、制御されるべき存在として考えたがっているようだ。どうも主客転倒が起こっているような気もしなくもないけど、あれこれお互いにリクツをこねあったあげく、それはそれで「おもしろい」ということでダメ出ししないで書かせました。

  「どうやって演じるんだよ」という問いには、「体を丸める」。

rabbit.gif
image via "The Young Hare's Good Deed and His Arrogance" <http://www.kenji-world.net/english/works/texts/rabbit.html>

《かい》の火
                            宮沢賢治

 今は兎《うさぎ》たちは、みんなみじかい茶色の着物《きもの》です。
 野原《のはら》の草はきらきら光り、あちこちの樺《かば》の木は白い花をつけました。
 実《じつ》に野原《のはら》はいいにおいでいっぱいです。
 子兎《こうさぎ》のホモイは、悦《よろこ》んでぴんぴん踊《おど》りながら申《もう》しました。
 「ふん、いいにおいだなあ。うまいぞ、うまいぞ、鈴蘭《すずらん》なんかまるでパリパリだ」
 風が来たので鈴蘭《すずらん》は、葉《は》や花を互《たが》いにぶっつけて、しゃりんしゃりんと鳴りました。ホモイはもううれしくて、息《いき》もつかずにぴょんぴょん草の上をかけ出しました。それからホモイはちょっと立ちどまって、腕《うで》を組んでほくほくしながら、
 「まるで僕《ぼく》は川の波《なみ》の上で芸当《げいとう》をしているようだぞ」と言《い》いました。本当にホモイは、いつか小さな流《なが》れの岸《きし》まで来ておりました。
 そこには冷《つめ》たい水がこぼんこぼんと音をたて、底《そこ》の砂《すな》がピカピカ光っています。
 ホモイはちょっと頭を曲《ま》げて、
 「この川を向《む》こうへ跳《と》び越《こ》えてやろうかな。なあに訳《わけ》ないさ。けれども川の向《む》こう側《がわ》は、どうも草が悪《わる》いからね」とひとりごとを言《い》いました。
 すると不意《ふい》に流《なが》れの上《かみ》の方から、
 「ブルルル、ピイ、ピイ、ピイ、ピイ、ブルルル、ピイ、ピイ、ピイ、ピイ」とけたたましい声がして、うす黒いもじゃもじゃした鳥のような形のものが、ばたばたばたばたもがきながら、流《なが》れて参《まい》りました。
 ホモイは急《いそ》いで岸《きし》にかけよって、じっと待《ま》ちかまえました。
 流《なが》されるのは、たしかにやせたひばりの子供《こども》です。ホモイはいきなり水の中に飛《と》び込《とびこ》んで、前あしでしっかりそれをつかまえました。
 するとそのひばりの子供《こども》は、いよいよびっくりして、黄色なくちばしを大きくあけて、まるでホモイのお耳もつんぼになるくらい鳴くのです。
 ホモイはあわてて一生けん命、あとあしで水をけりました。そして、
 「大丈夫《だいじょうぶ》さ、 大丈夫さ」と言《い》いながら、その子の顔を見ますと、ホモイはぎょっとしてあぶなく手をはなしそうになりました。それは顔じゅうしわだらけで、くちばしが大きくて、おまけにどこかとかげに似《に》ているのです。
 けれどもこの強い兎《うさぎ》の子は、決《けっ》してその手をはなしませんでした。怖《おそ》ろしさに口をへの字にしながらも、それをしっかりおさえて、高く水の上にさしあげたのです。
 そして二人は、どんどん流《なが》されました。ホモイは二度ほど波《なみ》をかぶったので、水をよほどのみました。それでもその鳥の子ははなしませんでした。
 するとちょうど、小流《こなが》れの曲《ま》がりかどに、一本の小さな楊《やなぎ》の枝《えだ》が出て、水をピチャピチャたたいておりました。
 ホモイはいきなりその枝《えだ》に、青い皮《かわ》の見えるくらい深《ふか》くかみつきました。そして力いっぱいにひばりの子を岸《きし》の柔《やわ》らかな草の上に投《な》げあげて、自分も一とびにはね上がりました。
 ひばりの子は草の上に倒《たお》れて、目を白くしてガタガタ顫《ふる》えています。
 ホモイも疲《つか》れでよろよろしましたが、無理《むり》にこらえて、楊《やなぎ》の白い花をむしって来て、ひばりの子にかぶせてやりました。ひばりの子は、ありがとうと言《い》うようにその鼠色《ねずみいろ》の顔をあげました。
 ホモイはそれを見るとぞっとして、いきなり跳《と》び退《の》きました。そして声をたてて逃《に》げました。
 その時、空からヒュウと矢《や》のように降《お》りて来たものがあります。ホモイは立ちどまって、ふりかえって見ると、それは母親のひばりでした。母親のひばりは、物《もの》も言《い》えずにぶるぶる顫《ふる》えながら、子供《こども》のひばりを強く強く抱《だ》いてやりました。
 ホモイはもう大丈夫《だいじょうぶ》と思ったので、いちもくさんにおとうさんのお家《うち》へ走って帰りました。
 兎《うさぎ》のお母さんは、ちょうど、お家で白い草の束《たば》をそろえておりましたが、ホモイを見てびっくりしました。そして、
 「おや、どうかしたのかい。たいへん顔色が悪《わる》いよ」と言いながら棚《たな》から薬の箱《はこ》をおろしました。
 「おっかさん、僕《ぼく》ね、もじゃもじゃの鳥の子のおぼれるのを助けたんです」とホモイが言いました。
 兎《うさぎ》のお母さんは箱《はこ》から万能散《まんのうさん》を一服《いっぷく》出してホモイに渡して、
 「もじゃもじゃの鳥の子って、ひばりかい」と尋《たず》ねました。
 ホモイは薬を受けとって、
 「たぶんひばりでしょう。ああ頭がぐるぐるする。おっかさん、まわりが変《へん》に見えるよ」と言いながら、そのままバッタリ倒《たお》れてしまいました。ひどい熱病《ねつびょう》にかかったのです。
       *
 ホモイが、おとうさんやおっかさんや、兎《うさぎ》のお医者《いしゃ》さんのおかげで、すっかりよくなったのは、鈴蘭《すずらん》にみんな青い実《み》ができたころでした。
 ホモイは、ある雲のない静《しず》かな晩《ばん》、はじめてうちからちょっと出てみました。
 南の空を、赤い星がしきりにななめに走りました。ホモイはうっとりそれを見とれました。すると不意《ふい》に、空でブルルッとはねの音がして、二疋《ひき》の小鳥が降《お》りて参《まい》りました。
 大きい方は、まるい赤い光るものを大事《だいじ》そうに草におろして、うやうやしく手をついて申《もう》しました。
 「ホモイさま。あなたさまは私《わたし》ども親子の大恩人《だいおんじん》でございます」
 ホモイは、その赤いものの光で、よくその顔を見て言いました。
 「あなた方は先頃《せんころ》のひばりさんですか」
 母親のひばりは、
 「さようでございます。先日はまことにありがとうございました。せがれの命《いのち》をお助《たす》けくださいましてまことにありがとう存《ぞん》じます。あなた様《さま》はそのために、ご病気《びょうき》にさえおなりになったとの事でございましたが、もうおよろしゅうございますか」
 親子のひばりは、たくさんおじぎをしてまた申《もう》しました。
 「私どもは毎日この辺《へん》を飛《と》びめぐりまして、あなたさまの外へお出なさいますのをお待《ま》ちいたしておりました。これは私どもの王からの贈物《おくりもの》でございます」と言ながら、ひばりはさっきの赤い光るものをホモイの前に出して、薄《うす》いうすいけむりのようなはんけちを解《と》きました。それはとちの実《み》ぐらいあるまんまるの玉で、中では赤い火がちらちら燃《も》えているのです。
 ひばりの母親がまた申《もう》しました。
 「これは貝《かい》の火という宝珠《ほうじゅ》でございます。王さまのお言伝《ことづて》ではあなた様《さま》のお手入れしだいで、この珠《たま》はどんなにでも立派《りっぱ》になると申《もう》します。どうかお納《おさ》めをねがいます」
 ホモイは笑《わら》って言《い》いました。
 「ひばりさん、僕《ぼく》はこんなものいりませんよ。持《も》って行ってください。たいへんきれいなもんですから、見るだけでたくさんです。見たくなったら、またあなたの所《ところ》へ行きましょう」
 ひばりが申《もう》しました。
 「いいえ。それはどうかお納《おさ》めをねがいます。私どもの王からの贈物《おくりもの》でございますから。お納《おさ》めくださらないと、また私はせがれと二人で切腹《せっぷく》をしないとなりません。さ、せがれ。お暇《いとま》をして。さ。おじぎ。ご免《めん》くださいませ」
 そしてひばりの親子は二、三遍《べん》お辞儀《じぎ》をして、あわてて飛《と》んで行ってしまいました。
 ホモイは玉を取りあげて見ました。玉は赤や黄の焔《ほのお》をあげて、せわしくせわしく燃《も》えているように見えますが、実《じつ》はやはり冷《つめ》たく美《うつく》しく澄《す》んでいるのです。目にあてて空にすかして見ると、もう焔《ほのお》はなく、天の川が奇麗《きれい》にすきとおっています。目からはなすと、またちらりちらり美《うつく》しい火が燃《も》えだします。
 ホモイはそっと玉をささげて、おうちへはいりました。そしてすぐお父さんに見せました。すると兎《うさぎ》のお父さんが玉を手にとって、めがねをはずしてよく調《しら》べてから申《もう》しました。
 「これは有名《ゆうめい》な貝《かい》の火という宝物《たからもの》だ。これは大変《たいへん》な玉だぞ。これをこのまま一生満足《まんぞく》に持《も》っている事《こと》のできたものは今までに鳥に二人魚に一人あっただけだという話だ。お前はよく気をつけて光をなくさないようにするんだぞ」
 ホモイが申《もう》しました。
 「それは大丈夫《だいじょうぶ》ですよ。僕《ぼく》は決《けっ》してなくしませんよ。そんなようなことは、ひばりも言《い》っていました。僕《ぼく》は毎日百遍《ぺん》ずつ息《いき》をふきかけて百遍《ぺん》ずつ紅雀《べにすずめ》の毛でみがいてやりましょう」
 兎《うさぎ》のおっかさんも、玉を手にとってよくよくながめました。そして言《い》いました。
 「この玉はたいへん損《そん》じやすいという事です。けれども、また亡《な》くなった鷲《わし》の大臣《だいじん》が持《も》っていた時は、大噴火《だいふんか》があって大臣《だいじん》が鳥の避難《ひなん》のために、あちこちさしずをして歩いている間に、この玉が山ほどある石に打《う》たれたり、まっかな熔岩《ようがん》に流《なが》されたりしても、いっこうきずも曇《くも》りもつかないでかえって前よりも美《うつく》しくなったという話ですよ」
 兎《うさぎ》のおとうさんが申《もう》しました。
 「そうだ。それは名高いはなしだ。お前もきっと鷲《わし》の大臣《だいじん》のような名高い人になるだろう。よくいじわるなんかしないように気をつけないといけないぞ」
 ホモイはつかれてねむくなりました。そして自分のお床《とこ》にコロリと横《よこ》になって言《い》いました。
 「大丈夫《だいじょうぶ》だよ。僕《ぼく》なんかきっと立派《りっぱ》にやるよ。玉は僕《ぼく》《も》って寝《ね》るんだからください」
 兎《うさぎ》のおっかさんは玉を渡《わた》しました。ホモイはそれを胸《むね》にあててすぐねむってしまいました。
 その晩《ばん》の夢《ゆめ》の奇麗《きれい》なことは、黄や緑《みどり》の火が空で燃《も》えたり、野原《のはら》が一面《いちめん》黄金《おうごん》の草に変《か》ったり、たくさんの小さな風車が蜂《はち》のようにかすかにうなって空中を飛《と》んであるいたり、仁義《じんぎ》をそなえた鷲《わし》の大臣《だいじん》が、銀色《ぎんいろ》のマントをきらきら波立《なみだ》てて野原《のはら》を見まわったり、ホモイはうれしさに何遍《なんべん》も、
 「ホウ。やってるぞ、やってるぞ」と声をあげたくらいです。
       *
 あくる朝、ホモイは七時ごろ目をさまして、まず第一《だいいち》に玉を見ました。玉の美《うつく》しいことは、昨夜《ゆうべ》よりもっとです。ホモイは玉をのぞいて、ひとりごとを言《い》いました。
 「見える、見える。あそこが噴火口《ふんかこう》だ。そら火をふいた。ふいたぞ。おもしろいな。まるで花火だ。おや、おや、おや、火がもくもく湧《わ》いている。二つにわかれた。奇麗《きれい》だな。火花だ。火花だ。まるでいなずまだ。そら流《なが》れ出したぞ。すっかり黄金色《きんいろ》になってしまった。うまいぞ、うまいぞ。そらまた火をふいた」
 おとうさんはもう外へ出ていました。おっかさんがにこにこして、おいしい白い草の根《ね》や青いばらの実《み》を持《も》って来て言《い》いました。
 「さあ早くおかおを洗《あら》って、今日は少し運動《うんどう》をするんですよ。どれちょっとお見せ。まあ本当に奇麗《《きれい》だね。お前がおかおを洗《あら》っている間おっかさんが見ていてもいいかい」
 ホモイが言《い》いました。
 「いいとも。これはうちの宝物《たからもの》なんだから、おっかさんのだよ」そしてホモイは立って家《うち》の入り口の鈴蘭《すずらん》の葉《は》さきから、大粒《おおつぶ》の露《つゆ》を六つほど取《と》ってすっかりお顔を洗《あら》いました。
 ホモイはごはんがすんでから、玉へ百遍《ぺん》《いき》をふきかけ、それから百遍《ぺん》紅雀《べにすずめ》の毛でみがきました。そしてたいせつに紅雀《べにすずめ》のむな毛につつんで、今まで兎《うさぎ》の遠めがねを入れておいた瑪瑙《めのう》の箱《はこ》にしまってお母さんにあずけました。そして外に出ました。
 風が吹《ふ》いて草《くさ》の露《つゆ》がバラバラとこぼれます。つりがねそうが朝の鐘《かね》を、
 「カン、カン、カンカエコ、カンコカンコカン」と鳴らしています。
 ホモイはぴょんぴょん跳《と》んで樺《かば》の木の下に行きました。
 すると向《む》こうから、年をとった野馬がやって参《まい》りました。ホモイは少し怖《こわ》くなって戻《もど》ろうとしますと、馬はていねいにおじぎをして言《い》いました。
 「あなたはホモイさまでござりますか。こんど貝《かい》の火がお前さまに参《まい》られましたそうで実《じつ》に祝着《しゅうちゃく》に存《ぞん》じまする。あの玉がこの前獣《けもの》の方に参《まい》りましてからもう千二百年たっていると申《もう》しまする。いや、実《じつ》に私めも今朝《けさ》そのおはなしを承《うけたま》わりまして、涙《なみだ》を流《なが》してござります」馬はボロボロ泣《な》きだしました。
 ホモイはあきれていましたが、馬があんまり泣《な》くものですから、ついつりこまれてちょっと鼻《はな》がせらせらしました。馬は風呂敷《ふろしき》ぐらいある浅黄《あさぎ》のはんけちを出して涙《なみだ》をふいて申《もう》しました。
 「あなた様《さま》は私《わたし》どもの恩人《おんじん》でございます。どうかくれぐれもおからだを大事《だいじ》になされてくだされませ」そして馬はていねいにおじぎをして向《む》こうへ歩いて行きました。
 ホモイはなんだかうれしいようなおかしいような気がしてぼんやり考えながら、にわとこの木の影《かげ》に行きました。するとそこに若《わか》い二疋《ひき》の栗鼠《りす》が、仲《なか》よく白いお餠《もち》をたべておりましたがホモイの来たのを見ると、びっくりして立ちあがって急《いそ》いできもののえりを直《なお》し、目を白黒くして餠《もち》をのみ込《こ》もうとしたりしました。
 ホモイはいつものように、
 「りすさん。お早う」とあいさつをしましたが、りすは二疋《ひき》とも堅《かた》くなってしまって、いっこうことばも出ませんでした。ホモイはあわてて、
 「りすさん。今日もいっしょにどこか遊《あそ》びに行きませんか」と言《い》いますと、りすはとんでもないと言《い》うように目をまん円にして顔を見合わせて、それからいきなり向《む》こうを向《む》いて一生けん命《めい》《に》げて行ってしまいました。
 ホモイはあきれてしまいました。そして顔色を変《か》えてうちへ戻《もど》って来て、
 「おっかさん。なんだかみんな変《へん》なぐあいですよ。りすさんなんか、もう僕《ぼく》を仲間《なかま》はずれにしましたよ」と言《い》いますと兎《うさぎ》のおっかさんが笑《わら》って答えました。
 「それはそうですよ。お前はもう立派《りっぱ》な人になったんだから、りすなんか恥《は》ずかしいのです。ですからよく気をつけてあとで笑《わら》われないようにするんですよ」
 ホモイが言《い》いました。
 「おっかさん。それは大丈夫《だいじょうぶ》ですよ。それなら僕《ぼく》はもう大将《たいしょう》になったんですか」
 おっかさんもうれしそうに、
 「まあそうです」と申《もう》しました。
 ホモイが悦《よろこ》んで踊《おど》りあがりました。
 「うまいぞ。うまいぞ。もうみんな僕《ぼく》のてしたなんだ。狐《きつね》なんかもうこわくもなんともないや。おっかさん。僕《ぼく》ね、りすさんを少将《しょうしょう》にするよ。馬はね、馬は大佐《たいさ》にしてやろうと思うんです」
 おっかさんが笑《わら》いながら、
 「そうだね、けれどもあんまりいばるんじゃありませんよ」と申《もう》しました。
 ホモイは、
 「大丈夫《だいじょうぶ》ですよ。おっかさん、僕《ぼく》ちょっと外へ行って来ます」と言《い》ったままぴょんと野原へ飛《と》び出しました。するとすぐ目の前をいじわるの狐《きつね》が風のように走って行きます。
 ホモイはぶるぶる顫《ふる》えながら思い切って叫《さけ》んでみました。
 「待《ま》て。狐《きつね》。僕《ぼく》は大将《たいしょう》だぞ」
 狐《きつね》がびっくりしてふり向《む》いて顔色を変《か》えて申《もう》しました。
 「へい。存《ぞん》じております。へい、へい。何かご用でございますか」
 ホモイができるくらい威勢《いせい》よく言《い》いました。
 「お前はずいぶん僕《ぼく》をいじめたな。今度《こんど》は僕《ぼく》のけらいだぞ」
 狐《きつね》は卒倒《そっとう》しそうになって、頭に手をあげて答えました。
 「へい、お申《もう》し訳《わけ》もございません。どうかお赦《ゆる》しをねがいます」
 ホモイはうれしさにわくわくしました。
 「特別《とくべつ》に許《ゆる》してやろう。お前を少尉《しょうい》にする。よく働《はたら》いてくれ」
 狐《きつね》が悦《よろこ》んで四遍《よんへん》ばかり廻《まわ》りました。
 「へいへい。ありがとう存《ぞん》じます。どんな事《こと》でもいたします。少しとうもろこしを盗《ぬす》んで参《まい》りましょうか」
 ホモイが申《もう》しました。
 「いや、それは悪《わる》いことだ。そんなことをしてはならん」
 狐《きつね》は頭を掻《か》いて申《もう》しました。
 「へいへい。これからは決《けっ》していたしません。なんでもおいいつけを待《ま》っていたします」
 ホモイは言《い》いました。
 「そうだ。用があったら呼《よ》ぶからあっちへ行っておいで」狐《きつね》はくるくるまわっておじぎをして向《む》こうへ行ってしまいました。
 ホモイはうれしくてたまりません。野原を行ったり来たりひとりごとを言《い》ったり、笑《わら》ったりさまざまの楽《たの》しいことを考えているうちに、もうお日様《ひさま》が砕《くだ》けた鏡《かがみ》のように樺《かば》の木の向《む》こうに落《お》ちましたので、ホモイも急《いそ》いでおうちに帰りました。
 兎《うさぎ》のおとうさまももう帰っていて、その晩《ばん》は様々《さまざま》のご馳走《ちそう》がありました。ホモイはその晩《ばん》も美《うつく》しい夢《ゆめ》を見ました。
       *
 次の日ホモイは、お母さんに言《い》いつけられて笊《ざる》を持《も》って野原に出て、鈴蘭《すずらん》の実《み》を集《あつ》めながらひとりごとを言《い》いました。
 「ふん、大将《たいしょう》が鈴蘭《すずらん》の実《み》を集《あつ》めるなんておかしいや。誰《だれ》かに見つけられたらきっと笑《わら》われるばかりだ。狐《きつね》が来るといいがなあ」
 すると足の下がなんだかもくもくしました。見るとむぐらが土をくぐってだんだん向《む》こうへ行こうとします。ホモイは叫《さけ》びました。
 「むぐら、むぐら、むぐらもち、お前は僕《ぼく》の偉《えら》くなったことを知ってるかい」
 むぐらが土の中で言《い》いました。
 「ホモイさんでいらっしゃいますか。よく存《ぞん》じております」
 ホモイは大いばりで言《い》いました。
 「そうか。そんならいいがね。僕《ぼく》、お前を軍曹《ぐんそう》にするよ。そのかわり少し働《はたら》いてくれないかい」
 むぐらはびくびくして尋《たず》ねました。
 「へいどんなことでございますか」
 ホモイがいきなり、
 「鈴蘭《すずらん》の実《み》を集《あつ》めておくれ」と言《い》いました。
 むぐらは土の中で冷汗《ひやあせ》をたらして頭をかきながら、
 「さあまことに恐《おそ》れ入りますが私は明るい所《ところ》の仕事《しごと》はいっこう無調法《ぶちょうほう》でございます」と言《い》いました。
 ホモイはおこってしまって、
 「そうかい。そんならいいよ。頼《たの》まないから。あとで見ておいで。ひどいよ」と叫《さけ》びました。
 むぐらは、
 「どうかご免《めん》をねがいます。私は長くお日様《ひさま》を見ますと死《し》んでしまいますので」としきりにおわびをします。
 ホモイは足をばたばたして、
 「いいよ。もういいよ。だまっておいで」と言《い》いました。
 その時向《む》こうのにわとこの陰《かげ》からりすが五疋《ひき》ちょろちょろ出て参《まい》りました。そしてホモイの前にぴょこぴょこ頭を下げて申《もう》しました。
 「ホモイさま、どうか私どもに鈴蘭《すずらん》の実《み》をお採《と》らせくださいませ」
 ホモイが、
 「いいとも。さあやってくれ。お前たちはみんな僕《ぼく》の少将《しょうしょう》だよ」
 りすがきゃっきゃっ悦《よろこ》んで仕事《しごと》にかかりました。
 この時向《む》こうから仔馬《こうま》が六疋《ぴき》走って来てホモイの前にとまりました。その中のいちばん大きなのが、
 「ホモイ様《さま》。私どもにも何かおいいつけをねがいます」と申《もう》しました。ホモイはすっかり悦《よろこ》んで、
 「いいとも。お前たちはみんな僕《ぼく》の大佐《たいさ》にする。僕《ぼく》が呼《よ》んだら、きっとかけて来ておくれ」といいました。仔馬《こうま》も悦《よろこ》んではねあがりました。
 むぐらが土の中で泣《な》きながら申《もう》しました。
 「ホモイさま、どうか私にもできるようなことをおいいつけください。きっと立派《りっぱ》にいたしますから」
 ホモイはまだおこっていましたので、
 「お前なんかいらないよ。今に狐《きつね》が来たらお前たちの仲間《なかま》をみんなひどい目にあわしてやるよ。見ておいで」と足ぶみをして言《い》いました。
 土の中ではひっそりとして声もなくなりました。
 それからりすは、夕方《ゆうがた》までに鈴蘭《すずらん》の実《み》をたくさん集《あつ》めて、大騒《おおさわ》ぎをしてホモイのうちへ運《はこ》びました。
 おっかさんが、その騒《さわ》ぎにびっくりして出て見て言《い》いました。
 「おや、どうしたの、りすさん」
 ホモイが横《よこ》から口を出して、
 「おっかさん。僕《ぼく》の腕《うで》まえをごらん。まだまだ僕《ぼく》はどんな事《こと》でもできるんですよ」と言《い》いました。兎《うさぎ》のお母さんは返事《へんじ》もなく黙《だま》って考えておりました。
 するとちょうど兎《うさぎ》のお父さんが戻《もど》って来て、その景色《けしき》をじっと見てから申《もう》しました。
 「ホモイ、お前は少し熱《ねつ》がありはしないか。むぐらをたいへんおどしたそうだな。むぐらの家《うち》では、もうみんなきちがいのようになって泣《な》いてるよ。それにこんなにたくさんの実《み》を全体《ぜんたい》誰《だれ》がたべるのだ」
 ホモイは泣《な》きだしました。りすはしばらくきのどくそうに立って見ておりましたが、とうとうこそこそみんな逃《に》げてしまいました。
 兎《うさぎ》のお父さんがまた申《もう》しました。
 「お前はもうだめだ。貝《かい》の火を見てごらん。きっと曇《くも》ってしまっているから」
 兎《うさぎ》のおっかさんまでが泣《な》いて、前かけで涙をそっとぬぐいながら、あの美しい玉のはいった瑪瑙《めのう》の函《はこ》を戸棚《とだな》から取り出しました。
 兎《うさぎ》のおとうさんは函《はこ》を受けとって蓋《ふた》をひらいて驚《おどろ》きました。
 珠《たま》は一昨日《おととい》の晩《ばん》よりも、もっともっと赤く、もっともっと速《はや》く燃《も》えているのです。
 みんなはうっとりみとれてしまいました。兎《うさぎ》のおとうさんはだまって玉をホモイに渡《わた》してご飯《はん》を食べはじめました。ホモイもいつか涙《なみだ》がかわきみんなはまた気持ちよく笑《わら》い出しいっしょにご飯《はん》をたべてやすみました。
       *
 次《つぎ》の朝早くホモイはまた野原に出ました。
 今日もよいお天気です。けれども実《み》をとられた鈴蘭《すずらん》は、もう前のようにしゃりんしゃりんと葉《は》を鳴らしませんでした。
 向《む》こうの向《む》こうの青い野原のはずれから、狐《きつね》が一生けん命《めい》に走って来て、ホモイの前にとまって、
 「ホモイさん。昨日《きのう》りすに鈴蘭《すずらん》の実《み》を集《あつ》めさせたそうですね。どうです。今日は私がいいものを見つけて来てあげましょう。それは黄色でね、もくもくしてね、失敬《しっけい》ですが、ホモイさん、あなたなんかまだ見たこともないやつですぜ。それから、昨日《きのう》むぐらに罰《ばつ》をかけるとおっしゃったそうですね。あいつは元来《がんらい》横着《おうちゃく》だから、川の中へでも追《お》いこんでやりましょう」と言《い》いました。
 ホモイは、
 「むぐらは許《ゆる》しておやりよ。僕《ぼく》もう今朝《けさ》許《ゆる》したよ。けれどそのおいしいたべものは少しばかり持《も》って来てごらん」と言《い》いました。
 「合点《がってん》、合点《がってん》。十分間だけお待《ま》ちなさい。十分間ですぜ」と言《い》って狐《きつね》はまるで風のように走って行きました。
 ホモイはそこで高く叫《さけ》びました。
 「むぐら、むぐら、むぐらもち。もうお前は許《ゆる》してあげるよ。泣《な》かなくてもいいよ」
 土の中はしんとしておりました。
 狐《きつね》がまた向こうから走って来ました。そして、
 「さあおあがりなさい。これは天国の天ぷらというもんですぜ。最上等《さいじょうとう》のところです」と言《い》いながら盗《ぬす》んで来た角《かく》パンを出しました。
 ホモイはちょっとたべてみたら、実《じつ》にどうもうまいのです。そこで狐《きつね》に、
 「こんなものどの木にできるのだい」とたずねますと狐《きつね》が横《よこ》を向《む》いて一つ「ヘン」と笑《わら》ってから申《もう》しました。
 「台所《だいどころ》という木ですよ。ダアイドコロという木ね。おいしかったら毎日持《も》って来てあげましょう」
 ホモイが申《もう》しました。
 「それでは毎日きっと三つずつ持《も》って来ておくれ。ね」
 狐《きつね》がいかにもよくのみこんだというように目をパチパチさせて言《い》いました。
 「へい。よろしゅうございます。そのかわり私の鶏《とり》をとるのを、あなたがとめてはいけませんよ」
 「いいとも」とホモイが申《もう》しました。
 すると狐《きつね》が、
 「それでは今日の分、もう二つ持《も》って来ましょう」と言《い》いながらまた風のように走って行きました。
 ホモイはそれをおうちに持《も》って行ってお父さんやお母さんにあげる時の事《こと》を考えていました。
 お父さんだって、こんなおいしいものは知らないだろう。僕《ぼく》はほんとうに孝行《こうこう》だなあ。
 狐《きつね》が角《かく》パンを二つくわえて来てホモイの前に置《お》いて、急《いそ》いで「さよなら」と言《い》いながらもう走っていってしまいました。ホモイは、
 「狐《きつね》はいったい毎日何をしているんだろう」とつぶやきながらおうちに帰りました。
 今日はお父さんとお母さんとが、お家の前で鈴蘭《すずらん》の実《み》を天日《てんぴ》にほしておりました。
 ホモイが、
 「お父さん。いいものを持《も》った来ましたよ。あげましょうか。まあちょっとたべてごらんなさい」と言《い》いながら角《かく》パンを出しました。
 兎《うさぎ》のお父さんはそれを受《う》けとって眼鏡《めがね》をはずして、よくよく調《しら》べてから言《い》いました。
 「お前はこんなものを狐《きつね》にもらったな。これは盗《ぬす》んで来たもんだ。こんなものをおれは食べない」そしておとうさんは、も一つホモイのお母さんにあげようと持《も》っていた分も、いきなり取《と》りかえして自分のといっしょに土に投《な》げつけてむちゃくちゃにふみにじってしまいました。
 ホモイはわっと泣《な》きだしました。兎《うさぎ》のお母さんもいっしょに泣《な》きました。
 お父さんがあちこち歩きながら、
 「ホモイ、お前はもう駄目《だめ》だ。玉を見てごらん。もうきっと砕《くだ》けているから」と言《い》いました。
 お母さんが泣《な》きながら函《はこ》を出しました。玉はお日さまの光を受《う》けて、まるで天上に昇《のぼ》って行きそうに美《うつく》しく燃《も》えました。
 お父さんは玉をホモイに渡《わた》してだまってしまいました。ホモイも玉を見ていつか涙《なみだ》を忘《わす》れてしまいました。
       *
 次《つぎ》の日ホモイはまた野原に出ました。
 狐《きつね》が走って来てすぐ角《かく》パンを三つ渡《わた》しました。ホモイはそれを急《いそ》いで台所《だいどころ》の棚《たな》の上に載《の》せてまた野原に来《き》ますと狐《きつね》がまだ待《ま》っていて言《い》いました。
 「ホモイさん。何かおもしろいことをしようじゃありませんか」ホモイが、
 「どんなこと?」とききますと狐《きつね》が言《い》いました。
 「むぐらを罰《ばつ》にするのはどうです。あいつは実《じつ》にこの野原の毒《どく》むしですぜ。そしてなまけものですぜ。あなたが一遍《ぺん》許《ゆる》すって言《い》ったのなら、今日は私だけでひとつむぐらをいじめますから、あなたはだまって見ておいでなさい。いいでしょう」
 ホモイは、
 「うん、毒《どく》むしなら少しいじめてもよかろう」と言《い》いました。
 狐《きつね》は、しばらくあちこち地面《じめん》を嗅《か》いだり、とんとんふんでみたりしていましたが、とうとう一つの大きな石を起《お》こしました。するとその下にむぐらの親子が八疋《ぴき》かたまってぶるぶるふるえておりました。狐《きつね》が、
 「さあ、走れ、走らないと、噛《か》み殺《ころ》すぞ」といって足をどんどんしました。むぐらの親子は、
 「ごめんください。ごめんください」と言《い》いながら逃《に》げようとするのですが、みんな目が見えない上に足がきかないものですからただ草を掻《か》くだけです。
 いちばん小さな子はもうあおむけになって気絶《きぜつ》したようです。狐《きつね》ははがみをしました。ホモイも思わず、
 「シッシッ」と言《い》って足を鳴らしました。その時、
 「こらっ、何をする」と言《い》う大きな声がして、狐《きつね》がくるくると四遍《へん》ばかりまわって、やがていちもくさんに逃《に》げました。
 見るとホモイのお父さんが来ているのです。
 お父さんは、急《いそ》いでむぐらをみんな穴《あな》に入れてやって、上へもとのように石をのせて、それからホモイの首《くび》すじをつかんで、ぐんぐんおうちへ引いて行きました。
 おっかさんが出て来て泣《な》いておとうさんにすがりました。お父さんが言《い》いました。
 「ホモイ。お前はもう駄目《だめ》だぞ。今日こそ貝《かい》の火は砕《くだ》けたぞ。出して見ろ」
 お母さんが涙《なみだ》をふきながら函《はこ》を出して来ました。お父さんは函《はこ》の蓋《ふた》を開《ひら》いて見ました。
 するとお父さんはびっくりしてしまいました。貝《かい》の火が今日ぐらい美《うつく》しいことはまだありませんでした。それはまるで赤や緑《みどり》や青や様々《さまざま》の火がはげしく戦争《せんそう》をして、地雷火《じらいか》をかけたり、のろしを上げたり、またいなずまがひらめいたり、光の血《ち》が流《なが》れたり、そうかと思うと水色の焔《ほのお》が玉の全体《ぜんたい》をパッと占領《せんりょう》して、今度《こんど》はひなげしの花や、黄色のチュウリップ、薔薇《ばら》やほたるかずらなどが、一面《いちめん》風にゆらいだりしているように見えるのです。
 兎《うさぎ》のお父さんは黙《だま》って玉をホモイに渡《わた》しました。ホモイはまもなく涙《なみだ》も忘《わす》れて貝《かい》の火をながめてよろこびました。
 おっかさんもやっと安心《あんしん》して、おひるのしたくをしました。
 みんなはすわって角《かく》パンをたべました。
 お父さんが言《い》いました。
 「ホモイ。狐《きつね》には気をつけないといけないぞ」
 ホモイが申《もう》しました。
 「お父さん、大丈夫《だいじょうぶ》ですよ。狐《きつね》なんかなんでもありませんよ。僕《ぼく》には貝《かい》の火があるのですもの。あの玉が砕《くだ》けたり曇《くも》ったりするもんですか」
 お母さんが申《もう》しました。
 「本当にね、いい宝石《いし》だね」
 ホモイは得意《とくい》になって言《い》いました。
 「お母さん。僕《ぼく》はね、うまれつきあの貝《かい》の火と離《はな》れないようになってるんですよ。たとえ僕《ぼく》がどんな事《こと》をしたって、あの貝《かい》の火がどこかへ飛《と》んで行くなんて、そんな事《こと》があるもんですか。それに僕《ぼく》毎日百ずつ息《いき》をかけてみがくんですもの」
 「実際《じっさい》そうだといいがな」とお父さんが申《もう》しました。
 その晩《ばん》ホモイは夢《ゆめ》を見ました。高い高い錐《きり》のような山の頂上《ちょうじょう》に片脚《かたあし》で立っているのです。
 ホモイはびっくりして泣《な》いて目をさましました。
       *
 次の朝ホモイはまた野に出ました。
 今日は陰気《いんき》な霧《きり》がジメジメ降《ふ》っています。木も草もじっと黙《だま》り込《こ》みました。ぶなの木さえ葉《は》をちらっとも動かしません。
 ただあのつりがねそうの朝の鐘《かね》だけは高く高く空にひびきました。
 「カン、カン、カンカエコ、カンコカンコカン」おしまいの音がカアンと向《む》こうから戻《もど》って来ました。
 そして狐《きつね》が角《かく》パンを三つ持《も》って半《はん》ズボンをはいてやって来ました。
 「狐《きつね》。お早う」とホモイが言《い》いました。
 狐《きつね》はいやな笑《わら》いようをしながら、
 「いや昨日《きのう》はびっくりしましたぜ。ホモイさんのお父さんもずいぶんがんこですな。しかしどうです。すぐご機嫌《きげん》が直《なお》ったでしょう。今日は一つうんとおもしろいことをやりましょう。動物園《どうぶつえん》をあなたはきらいですか」と言《い》いました。
 ホモイが、
 「うん。きらいではない」と申《もう》しました。
 狐《きつね》が懐《ふところ》から小さな網《あみ》を出しました。そして、
 「そら、こいつをかけておくと、とんぼでも蜂《はち》でも雀《すずめ》でも、かけすでも、もっと大きなやつでもひっかかりますぜ。それを集《あつ》めて一つ動物園《どうぶつえん》をやろうじゃありませんか」と言《い》いました。
 ホモイはちょっとその動物園《どうぶつえん》の景色《ありさま》を考えてみて、たまらなくおもしろくなりました。そこで、
 「やろう。けれども、大丈夫《だいじょうぶ》その網《あみ》でとれるかい」と言《い》いました。
 狐《きつね》がいかにもおかしそうにして、
 「大丈夫《だいじょうぶ》ですとも。あなたは早くパンを置《お》いておいでなさい。そのうちに私はもう百ぐらいは集《あつ》めておきますから」と言《い》いました。
 ホモイは、急《いそ》いで角《かく》パンを取《と》ってお家に帰って、台所《だいどころ》の棚《たな》の上に載《の》せて、また急《いそ》いで帰って来ました。
 見るともう狐《きつね》は霧《きり》の中の樺《かば》の木に、すっかり網《あみ》をかけて、口を大きくあけて笑《わら》っていました。
 「はははは、ご覧《らん》なさい。もう四疋《ひき》つかまりましたよ」
 狐《きつね》はどこから持《も》って来たか大きな硝子箱《ガラスばこ》を指《ゆび》さして言《い》いました。
 本当にその中には、かけすと鶯《うぐいす》と紅雀《べにすずめ》と、ひわと、四疋《ひき》はいってばたばたしておりました。
 けれどもホモイの顔を見ると、みんな急《きゅう》に安心《あんしん》したように静《しず》まりました。
 鶯《うぐいす》が硝子《ガラス》越《ご》しに申《もう》しました。
 「ホモイさん。どうかあなたのお力で助《たす》けてやってください。私らは狐《きつね》につかまったのです。あしたはきっと食われます。お願《ねが》いでございます。ホモイさん」
 ホモイはすぐ箱《はこ》を開《ひら》こうとしました。
 すると、狐《きつね》が額《ひたい》に黒い皺《しわ》をよせて、眼《め》を釣《つ》りあげてどなりました。
 「ホモイ。気をつけろ。その箱《はこ》に手でもかけてみろ。食い殺《ころ》すぞ。泥棒《どろぼう》め」
 まるで口が横《よこ》に裂《さ》けそうです。
 ホモイはこわくなってしまって、いちもくさんにおうちへ帰りました。今日はおっかさんも野原に出て、うちにいませんでした。
 ホモイはあまり胸《むね》がどきどきするので、あの貝《かい》の火を見ようと函《はこ》を出して蓋《ふた》を開《ひら》きました。
 それはやはり火のように燃《も》えておりました。けれども気のせいか、一所《ひとところ》小さな小さな針《はり》でついたくらいの白い曇《くも》りが見えるのです。
 ホモイはどうもそれが気になってしかたありませんでした。そこでいつものように、フッフッと息《いき》をかけて、紅雀《べにすずめ》の胸毛《むなげ》で上を軽《かる》くこすりました。
 けれども、どうもそれがとれないのです。その時、お父さんが帰って来ました。そしてホモイの顔色が変《か》わっているのを見て言《い》いました。
 「ホモイ。貝《かい》の火が曇《くも》ったのか。たいへんお前の顔色が悪《わる》いよ。どれお見せ」そして玉をすかして見て笑《わら》って言《い》いました。
 「なあに、すぐ除《と》れるよ。黄色の火なんか、かえって今までよりよけい燃《も》えているくらいだ。どれ、紅雀《べにすずめ》の毛を少しおくれ」そしてお父さんは熱心《ねっしん》にみがきはじめました。けれどもどうも曇《くも》りがとれるどころかだんだん大きくなるらしいのです。
 お母さんが帰って参《まい》りました。そして黙《だま》ってお父さんから貝《かい》の火を受《う》け取《と》って、すかして見てため息《いき》をついて今度《こんど》は自分で息《いき》をかけてみがきました。
 実《じつ》にみんな、だまってため息《いき》ばかりつきながら、かわるがわる一生けん命《めい》みがいたのです。
 もう夕方《ゆうがた》になりました。お父さんは、にわかに気がついたように立ちあがって、
 「まあご飯《はん》を食べよう。今夜一晩《ひとばん》油《あぶら》に漬《つ》けておいてみろ。それがいちばんいいという話だ」といいました。お母さんはびっくりして、
 「まあ、ご飯《はん》のしたくを忘《わす》れていた。なんにもこさえてない。一昨日《おととい》のすずらんの実《み》と今朝《けさ》の角《かく》パンだけをたべましょうか」と言《い》いました。
 「うんそれでいいさ」とお父さんがいいました。ホモイはため息《いき》をついて玉を函《はこ》に入れてじっとそれを見つめました。
 みんなは、だまってご飯《はん》をすましました。
 お父さんは、
 「どれ油《あぶら》を出してやるかな」と言《い》いながら棚《たな》からかやの実《み》の油《あぶら》の瓶《びん》をおろしました。
 ホモイはそれを受《う》けとって貝《かい》の火を入れた函《はこ》に注《つ》ぎました。そしてあかりをけしてみんな早くからねてしまいました。
       *
 夜中にホモイは眼《め》をさましました。
 そしてこわごわ起《お》きあがって、そっと枕《まくら》もとの貝《かい》の火を見ました。貝《かい》の火は、油《あぶら》の中で魚の眼玉《めだま》のように銀色《ぎんいろ》に光っています。もう赤い火は燃《も》えていませんでした。
 ホモイは大声で泣《な》き出しました。
 兎《うさぎ》のお父さんやお母さんがびっくりして起《お》きてあかりをつけました。
 貝《かい》の火はまるで鉛《なまり》の玉のようになっています。ホモイは泣《な》きながら狐《きつね》の網《あみ》のはなしをお父さんにしました。
 お父さんはたいへんあわてて急《いそ》いで着物《きもの》をきかえながら言《い》いました。
 「ホモイ。お前は馬鹿《ばか》だぞ。俺《おれ》も馬鹿《ばか》だった。お前はひばりの子供《こども》の命《いのち》を助《たす》けてあの玉をもらったのじゃないか。それをお前は一昨日《おととい》なんか生まれつきだなんて言《い》っていた。さあ、野原へ行こう。狐《きつね》がまだ網《あみ》を張《は》っているかもしれない。お前はいのちがけで狐《きつね》とたたかうんだぞ。もちろんおれも手伝《てつだ》う」
 ホモイは泣《な》いて立ちあがりました。兎《うさぎ》のお母さんも泣《な》いて二人のあとを追《お》いました。
 霧《きり》がポシャポシャ降《ふ》って、もう夜があけかかっています。
 狐《きつね》はまだ網《あみ》をかけて、樺《かば》の木の下にいました。そして三人を見て口を曲《ま》げて大声でわらいました。ホモイのお父さんが叫《さけ》びました。
 「狐《きつね》。お前はよくもホモイをだましたな。さあ決闘《けっとう》をしろ」
 狐《きつね》が実《じつ》に悪党《あくとう》らしい顔をして言《い》いました。
 「へん。貴様《きさま》ら三疋《びき》ばかり食い殺《ころ》してやってもいいが、俺《おれ》もけがでもするとつまらないや。おれはもっといい食べものがあるんだ」
 そして函《はこ》をかついで逃《に》げ出そうとしました。
 「待《ま》てこら」とホモイのお父さんがガラスの箱《はこ》を押《おさ》えたので、狐《きつね》はよろよろして、とうとう函《はこ》を置《お》いたまま逃《に》げて行ってしまいました。
 見ると箱《はこ》の中に鳥が百疋《ぴき》ばかり、みんな泣《な》いていました。雀《すずめ》や、かけすや、うぐいすはもちろん、大きな大きな梟《ふくろう》や、それに、ひばりの親子までがはいっているのです。
 ホモイのお父さんは蓋《ふた》をあけました。
 鳥がみんな飛《と》び出して地面《じめん》に手をついて声をそろえて言《い》いました。
 「ありがとうございます。ほんとうにたびたびおかげ様《さま》でございます」
 するとホモイのお父さんが申《もう》しました。
 「どういたしまして、私どもは面目《めんもく》次第《しだい》もございません。あなた方の王さまからいただいた玉《たま》をとうとう曇《くも》らしてしまったのです」
 鳥が一遍《ぺん》に言《い》いました。
 「まあどうしたのでしょう。どうかちょっと拝見《はいけん》いたしたいものです」
 「さあどうぞ」と言《い》いながらホモイのお父さんは、みんなをおうちの方へ案内《あんない》しました。鳥はぞろぞろついて行きました。ホモイはみんなのあとを泣《な》きながらしょんぼりついて行きました。梟《ふくろう》が大股《おおまた》にのっそのっそと歩きながら時々こわい眼《め》をしてホモイをふりかえって見ました。
 みんなはおうちにはいりました。
 鳥は、ゆかや棚《たな》や机《つくえ》や、うちじゅうのあらゆる場所《ばしょ》をふさぎました。梟《ふくろう》が目玉を途方《とほう》もない方に向《む》けながら、しきりに「オホン、オホン」とせきばらいをします。
 ホモイのお父さんがただの白い石になってしまった貝《かい》の火を取りあげて、
 「もうこんなぐあいです。どうかたくさん笑《わら》ってやってください」と言《い》うとたん、貝《かい》の火は鋭《するど》くカチッと鳴って二つに割《わ》れました。
 と思うと、パチパチパチッとはげしい音がして見る見るまるで煙《けむり》のように砕《くだ》けました。
 ホモイが入口でアッと言《い》って倒《たお》れました。目にその粉《こな》がはいったのです。みんなは驚《おどろ》いてそっちへ行こうとしますと、今度《こんど》はそこらにピチピチピチと音がして煙《けむり》がだんだん集《あつ》まり、やがて立派《りっぱ》ないくつかのかけらになり、おしまいにカタッと二つかけらが組み合って、すっかり昔《むかし》の貝《かい》の火になりました。玉はまるで噴火《ふんか》のように燃《も》え、夕日《ゆうひ》のようにかがやき、ヒューと音を立てて窓《まど》から外の方へ飛《と》んで行きました。
 鳥はみんな興《きょう》をさまして、一人去《さ》り二人去《さ》り今はふくろうだけになりました。ふくろうはじろじろ室《へや》の中を見まわしながら、
 「たった六日《むいか》だったな。ホッホ
  たった六日だったな。ホッホ」
 とあざ笑《わら》って、肩《かた》をゆすぶって大股《おおまた》に出て行きました。
 それにホモイの目は、もうさっきの玉のように白く濁《にご》ってしまって、まったく物が見えなくなったのです。
 はじめからおしまいまでお母さんは泣《な》いてばかりおりました。お父さんが腕《うで》を組んでじっと考えていましたが、やがてホモイのせなかを静《しず》かにたたいて言《い》いました。
 「泣《な》くな。こんなことはどこにもあるのだ。それをよくわかったお前は、いちばんさいわいなのだ。目はきっとまたよくなる。お父さんがよくしてやるから。な。泣《な》くな」
 窓《まど》の外では霧《きり》が晴れて鈴蘭の葉がきらきら光り、つりがねそうは、
 「カン、カン、カンカエコ、カンコカンコカン」と朝の鐘を高く鳴らしました。

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「貝の火」 Wikipedia <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%9D%E3%81%AE%E7%81%AB>

宮沢賢治作品館 <http://www.kenji.ne.jp/why/index2.html>  〔宮沢賢治の童話と詩――森羅情報サービス〕
ダウンロードのページ <http://www.kenji.ne.jp/why/index1.html

 

 


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