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ジュディーの幸福論――3月5日の手紙(2) Judy on Happiness: The Letter of March Fifth (2) [Daddy-Long-Legs]

『あしながおじさん』4年生3月5日の手紙の残りは3段落ですが、まずは幸福論になっています。

I know lots of girls (Julia, for instance) who never know that they are happy.  They are so accustomed to the feeling that their senses are deadened to it, but as for me―I am perfectly sure every moment of my life that I am happy.  And I'm going to keep on being, no matter what unpleasant things turn up.  I'm going to regard them (even toothaches) as interesting experiences, and be glad to know what they feel like.  "Whatever sky's above me, I've a heart for any fate."
(自分が幸せなのだと決して知らない女の子をわたしはたくさん知っています(たとえばジュリア)。あまりにも幸せに慣れすぎて、感覚が死んでいるのです。でも、あたしはというと――人生の一瞬一瞬に自分は幸せなのだと確信しています。そして、これからもそうあり続けるつもりです、たとえ不快なことが起ころうとも。そういう出来事は(たとえ歯痛でさえも)おもしろい経験だと考えることにし、どういう感じのものなのか知識を得ることを喜ぼうと思います。「どんな空が頭上にあろうとも、わたしはいかなる運命にもむかう心をもつ。」)

  1年生10月1日の手紙で「わたしとっても、とっても幸せです、時間の一瞬一瞬が興奮で、ほとんど眠れないくらいです」("I'm very, very happy, and so excited every moment of the time that I can scarcely sleep.") と書き、つづく手紙で「わたしが見たもっとも幸せな女の子たちです――そしてわたしがいちばん幸せ!」("These are the happiest girls I ever saw―and I am the happiest of all!") と書いていたジュディーは、幸福 happiness について何度かリクツをこねています。

  ひとつは、2年生の夏にLock Willow から書いた手紙で、スティーヴンソンの詩を引いて、皆がhappy になれるはずだ、というところ(「ハッピー・ソート(幸せの想い)――スティーヴンソンの5度目の言及 Happy Thought: The Fifth Mention of R. L. S.」参照)。(しつこいようですが、この8月の土日にかけて書かれた手紙の前は、ロック・ウィローの土地と人々の退屈さや世界の狭さを嘆いていたのですけれど、ジャーヴィスの登場によって、世界を見る目が変わるのです)。

  もうひとつは3年生1月11日の手紙で、過去や未来ではなくて今を生きることが幸せの秘訣だと論じるところ――「華麗で大きな喜び〔快楽〕がいちばん大事なのではありません。小さな喜びから多くのものを引き出すことが大事なんです。――わたしは幸福の真の秘密を発見しました、ダディー。それはいまを生きることです。過去を後悔し続けたり、あるいは未来に期待する〔思い悩む、かも〕のではなくて、この一瞬を最大限に生かすこと。〔・・・・・・〕一瞬、一瞬を楽しむつもりだし、楽しんでいるあいだ、楽しんでいる自分を知るつもりです。たいていの人々は生きていません。ただ競争しているだけ。地平線の遥か彼方のゴールに到達しようとして、行き着くことに必死で、息が切れてあえぐばかりで、自分たちが通ってゆく美しい穏やかな田舎の景色をすっかり見逃してしまいます。そして、気がつくと、年老い疲れきって、ゴールに着こうが着くまいが違いはなくなってしまう。わたしは、路傍に腰をおろしてたくさんの小さな幸せを積み上げることを決心しました、たとえ〈大作家〉に絶対ならなくても。わたしがこんな女哲学者になりつつあるとは知らなかったでしょ? 」 (Penguin Classics 97-98)

  さて、3月4日の手紙ですけれど、ふたつめのセンテンスの "the feeling" というのはつまり happiness のことで (it は the feeling)、ここで、幸福感としての happiness と、幸福感の対象としての happiness がいささか混乱しているように思えます。happiness に慣れっこになっている人は happy なのか happy ではないのかパラドックスが生じています(ホントか?)。

  つっこみを続ければ、歯痛をその経験の知の獲得ゆえに happy と感じることが可能だとしても、二度目三度目となれば、あるいは歯痛が恒久的に続けば happy とは感じられないだろうw。あるいは一瞬一瞬がhappy だったら差異のない世界になってしまいますから、結局 happy の意味が価値をもたなくなってしまうのではないでしょうか。うゎー、大人気ないつっこみだこと。

  なんだか、「幸せは いつも 自分の心が決める」とか「いまが大事」とか言った相田みつを(せんだみつおではない)を思わせるところなきにしもあらずですが、快と不快、快楽と苦痛が逆転してしまう境地は仏教的なものに近いのかもしれません。

    もちろん、いずれも心構えのことであって、それはジュディーだってわかっているでしょうし、わたし(モーリちゃんの父)だってわかってはいますけれどね。

  そしてまた、幸福であることに気づかない人たちとして、3年生6月10日の手紙(ダディーが夏にヨーロッパへ行かせてあげようと申し出たのを断る手紙)では、ジュリアのみならずサリーも含められるのですが、そこに、そしてずっと後にまで、あるのは、孤児としての自分の生い立ちとの比較の意識です。――

You mustn't get me used to too many luxuries.  One doesn't miss what one has never had; but it's awfully hard going without things after one has commenced thinking they are his―hers (English language needs another pronoun) by natural right.  Living with Sallie and Julia is an awful strain on my stoical philosophy.  They have both had things from the time they were babies; they accept happiness as a matter of course.  The World, they think, owes them everything they want. (Penguin Classics 105-106)
(わたしを過度の贅沢に慣れさせてはいけません。誰でも、持ったことがなければ、それがないことを残念に思いませんが、一度それが彼――彼女の(英語にはもう一つ代名詞が必要です)自然の権利だと思いはじめたら、それなしですますのがすごく困難になります。サリーやジュリアと一緒に生活していると、わたしの禁欲哲学はすごいストレスを受けます。二人とも赤ん坊の頃からふんだんなモノを手にしてきました。幸せを当然のことだと思っています。この世界は、彼女たちは、欲しいものをすべて提供して当然なところだと考えています。)

  思えば4年3月5日の手紙も、孤児院の回想から始まっているのであって、冒頭に引用した段落も、自分の生い立ちの意識と無縁ではありません、というか、孤児院生活を「冒険」と見る前段とつながっているわけでした。

  この孤児意識はこの物語のエンジンみたいなものですから、結末までジュディーのキャラクターを支配しますし、それゆえにジュディーの発言は単なる人生訓にならずに胸を打つ、と言えるのかもしれません。素朴に泣かせるところもあるけれど、リクツっぽい箇所はなかなか複雑です。(さらにユーモアと諷刺が話を複雑に面白くしている・・・・・・あー、大叔父さんのマーク・トウェインに似ているかも。あるいはここで考えてもいいかもしれないのは、たとえばスティーヴンソンの『子供の詩の庭』は子供向けに書かれたものだけれど、『あしながおじさん』はそうではない、ということです)。

  そういうわけで、ジュディーは卒業後の9月19日の手紙の追伸では、"PS.  I'm very unhappy." と書くことになります。

Stevenson, A Child's Garden of Verses (Scribners,1905).JPG
Robert Louis Stevenson, "Happy Thought," (illustrated by Jessie Willcox Smith) A Child's Garden of Verses (New York: Scribner's, 1905), p. 84

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「しあわせはいつもじぶんのこころがきめる 相田みつを ― 名言から学ぶ幸せのヒント -」 <http://meigen.shiawasehp.net/a/m-aida19.html> 〔本多時生さんの『幸せのホームページ』

「相田みつを名言集」 <http://www.nicozon.net/player.html?video_id=sm9164023> 〔ニコニコ動画〕

 

 

 


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