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浄罪界から10000年免除に値する Deserving Ten Thousand Years Out of Purgatory [Daddy-Long-Legs]

前の記事の Pax tibi がカトリックの祭式の文言なのかどうかは不確かですけれど、『あしながおじさん』に出てくるカトリック的なイメジとして気になっていた箇所(4年生4月12日)――

                                                   12th Jan.

Dear Mr. Philanthropist,

     Your cheque for my family came yesterday.  Thank you so much!  I cut gymnasium and took it down to them right after luncheon, and you should have seen the girl's face!  She was so surprised and happy and relieved that she looked almost young; and she's only twenty-four. Isn't it pitiful?
     Anyway, she feels now as though all the good things were coming together.  She has steady work ahead for two months―someone's getting married, and there's a trousseau to make.
     'Thank the good Lord!' cried the mother, when she grasped the fact that that small piece of paper was one hundred dollars.
     'It wasn't the good Lord at all,' said I, 'it was Daddy-Long-Legs.'  (Mr. Smith, I called you.)
     'But it was the good Lord who put it in his mind,' said she.
     'Not at all!  I put it in his mind myself,' said I.
     But anyway, Daddy, I trust the good Lord will reward you suitably.   You deserve ten thousand years out of purgatory.

                   Yours most gratefully,
                                           Judy Abbott

(慈善・家人《じぜん・いえと》様へ

例の家族のための小切手は昨日届きました。ありがとうございます! 昼食後に、体育の授業をサボってさっそく持って行きました。あの娘《こ》の顔を見せてあげたかった! あまりびっくりしたのと、幸せなのと、安心したので、若返ったみたいに見えたわ。 といってもまだ二十四歳でしかないんだけど。可哀想でしょ?

とにかく、まるで幸運があるだけまとめて舞い込んできたかのような気でいます。 二ヶ月先までずっと仕事もあるし -- どなたかもうすぐ結婚するので、その嫁入り仕度なの。

「ありがとうございます、恵み深き神よ!」と、お母さんはそう叫びました。 あの小さな紙切れが百ドルになるんだとようやく納得してくれたわけ。

「恵み深い神さまじゃなくて」とあたし、「足長父さん《メクラグモ》のおかげです。」 (ミスタ・スミスのおかげ、ちゃんとそう言ったわよ。)

「でも恵み深い神さまが、そう思いつかせて下さったんだわ」とお母さん。

「まさか!思いつかせたのはこのあたしです」とあたし。

それはともあれ、「父さん」、恵み深い神さまなら、きっと相応しく報いて下さることでしょう。 これで煉獄行きの一万年分くらいは儲けたわね。

ありがたく感謝している
ジュディ・アボット
〔osawa さん訳 <http://web.archive.org/web/20040915032219/www.sm.rim.or.jp/~osawa/AGG/daddy/daddy-67.html>〕)
 
    さて、 曲りなりにも自分で訳さないと楽ですわw。 で、注釈的に書きます。philanthropist はmisanthropist(人間嫌い) の反対で「人間愛の人」ですけれど、ふつうは博愛主義者とか博愛家とか、あるいは慈善家とか訳されます。このひとつ前の1月9日付の手紙で、困っている家族に100ドルの寄付を求めていたのでした。そのときには「永遠の救済」を保証することをするつもりはありますか("Do you wish to do something, Daddy, that will ensure your eternal salvation?")という書き出しでした。
  2年生3月5日の手紙でデンマーク女王オフィーリアとして孤児院の設立を含む慈善事業を行なう夢を見ていたジュディーは、その後も「孤児院の院長になったら」(2年生5月4日)と書いたり、ジャーヴィスが社会主義者で金を社会改良につぎこんでいるらしいが、自分も社会主義者になろうと思う(3年生1月11日)とか、つづく手紙ではダディーを同志と呼び、フェビアンとして急進的でなく社会改革を行なうつもりであり、さしあたりは教育改革、孤児院の改革を始めなければならないと考えている(3年生1月月曜日)とか、社会学の授業で扶養者のない子供の養育についてレポートを書いている(3年5月)とか、ずっと社会改良についての関心を書き記してはきたのでした。そしてそれに絡み合うようにして、宗教の問題も――メモ的に記しておけば、(1)「貧しい人はいつもあなたがたとともにいる」という聖書の言葉についての牧師の説教に反発(1年生10月)、(2)貧しい人のために教会の前に置かれる慈善箱(1年生11月15日)、(3)ディキンソンの詩における神(1年生4月ごろ)、(4)ロック・ウィローの教会で歌われた地獄落ちの讃美歌とピューリタニズムの神(1年生7月12日)、独裁的な不可視で全能の神にふりまわされることについて(1年生8月3日)、(5)ケロッグ牧師の死と死後の世界(8月10日)、(6)自由意志と宿命論について(4年生12月14日)。
  さて、ダディーから早速送ってもらった小切手を渡された家族の反応が書かれておるわけですけれど、もっぱら神に感謝する母親に対して、humanist のジュディーはカチンときて言い合いをしたのでした。
  煉獄(purgatory)というのは、ダンテの『神曲』で有名かもしれませんけれど、Heaven と Hell の中間にあって、地上の罪を浄める(そして最後の審判と「永遠の救済」(=いわゆる「選ばれし人」となる)を待つ)場所なので、浄罪界とも呼ばれます。ウィキペディアを引いておきます。――
 
煉獄(れんごく ラテン語: purgatorium)とは、キリスト教、カトリック教会の教義のひとつ。 すなわち、煉獄とは死後地獄へ至るほどの罪はないが、すぐに天国に行けるほどにも清くない魂が、その小罪を清めるため赴くとされる場所であるとする。第2バチカン公会議以降の教会の現代化の流れにより、現代のカトリック教会においても煉獄について言及されることはほとんどない。 
   煉獄の教義は、教会の東西分裂以降のカトリック教会にて成立した。このような経緯のため正教会では煉獄を認めない。またプロテスタント教派もルターを始めとして煉獄の教義を認めない。古くは「浄罪界」とも訳される。〔「煉獄」 Wikipedia < http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%85%89%E7%8D%84 >〕
 
  で、その煉獄からX年間免除 ("X years out of Purgatory") というのは、マルティン・ルターが問題視して宗教改革、そしてプロテスタントとカトリックの分離が起こるもとになったといってもいい、いわゆる免罪符的な発想に、歴史的には関わることばだと思われます。免罪符は英語だと indulgence です。このときのindulge は「恩恵として与える」みたいなちょっと古い意味です。日本語のウィキペディアによると、「免罪符」という日本語は適切ではなく、「贖宥状」を採用してますけれど。あ、リーダーズ英和辞典も《カト》免償(符),贖宥(しょくゆう)券という訳語を与え、「免罪符」は使ってないや)――
 
贖宥状(しょくゆうじょう)とは16世紀、カトリック教会が発行した罪の償いを軽減する証明書。免償符、贖宥符とも。ラテン語の "indulgentia" の訳で、日本ではかつて「免罪符」と訳されていたが、"indulgentia" には免罪という意味はない上、贖宥状が「罪のゆるし」を与えるのではなく、「ゆるしを得た後に課せられる罪の償いを軽減する」ものであるため、「免罪符」 という訳語は適当ではないことに注意する必要がある。〔Wikipedia〕
 
   日本語の記事にはX年云々というコトバは見つかりませんけれど、英語のほうを読むと、1215年の第4回ラテラノ公会議において、教会の場合は最大1年間、他は最大40日間のindulgence の制約規定が行なわれたとか、書かれた文句を唱えるとそのたび20000年のindulgence が与えられるプリント (an unauthorized indulgence of 20,000 years each time specified prayers were said in the presence of the print) 〔↓ 下の絵〕とか、書かれています。
Israhel_van_Meckenem_The_Mass_of_Saint_Gregory.jpg
 
 
  教皇のだれそれが、たとえば寄金に対して、何年分の免罪を与えるみたいなかたちで行なわれるだけでなく、もっぱら金によって贖宥符を買うふるまいが広まって、罪の償いを金で行なうとはなんじゃい、ということで大いにルターによって問題視されたのでした。
  "years out of Purgatory" をググル検索すると、なぜか日本語のサイトだとひとつしか(いまのところ)ヒットしませんが、 ウェブ全体からだと、約 47,000 件ヒットします――<http://www.google.co.jp/search?hl=ja&safe=off&client=firefox-a&rls=org.mozilla%3Aja%3Aofficial&q=%22years+out+of+Purgatory%22&btnG=%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=&aq=f&oq=>。悪夢のようです。
  思えば仏教でも何千年の功徳が云々というのを修学旅行のときに耳にしたような気もします。
 
  ともあれ、神の役割をダディーと共同で人間的に僭主したジュディーは、そのふるまいをダディーその人(つうか、ダディーのほうは母親の神への感謝についてどうこう言ってはおらんわけですけれど)に対しても適用してふざけているようです。それとも「父」たる教皇(Pope はもともとはギリシア語でpapas=fatherです)を演じているのでしょうか。
  いずれにしても、なんだか毒のある諷刺のようにも見えかねないユーモアだと思うのですけれど。
  
 
 

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「贖宥状」 Wikipedia <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B4%96%E5%AE%A5%E7%8A%B6>

"Indulgence" Wikipedia <http://en.wikipedia.org/wiki/Indulgence>

                                      

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コメント 6

りす姉さん

ジュディは宗教がらみのこともいろいろ書いていたのですね。ちゃんと読みなおしてみなくっちゃ。今からアマゾンに注文します!

免罪符といえば、メルヴィルの「避雷針」にも出てきたような・・・
by りす姉さん (2009-12-20 22:07) 

morichanの父

りす姉さま
いや、とりあえずEテクストでいいと思いますけど・・・w 

「避雷針売りの男」が頭の上で鳴り響いていたのはいうまでもありません。どうやって擬似科学のなんたらいう電気牧師にまでつなげるかを妄想している日々です。

by morichanの父 (2009-12-20 22:38) 

りす姉さん

そうか!Eテクストですね。そんな便利なものがあるのにすっかり忘れていました。実はアマゾンUKでDaddy-Long-Legsの最安値(新品)が4.15ポンドで躊躇してました。いや、もちろん日本で買うより安いのですが、先月授業用に購入したDaniel Derondaが700ページ以上あるのに新品でも5ポンドだったので、Daddy-Long-Legsはページ数のわりにお得感がないなあと思っていたのです。失礼しました~Eテクストで読みます。
by りす姉さん (2009-12-22 09:11) 

morichanの父

本を買うならElaine Showalter が編集だけでなく序文と注釈を付した、Penguin Classics 版(2004)だと思います(_Daddy-Long-Legs and Dear Enemy_) 。
by morichanの父 (2009-12-22 10:43) 

りす姉さん

結局注文しました。お勧めのPenguin Classic版(2004)です。版の推薦とっても助かります。ありがとうございました!
by りす姉さん (2009-12-24 03:42) 

morichanの父

あ、いえいえ。では、このごろ怠っていたページ番号の併記をきちんと心がけるようにします。
by morichanの父 (2009-12-26 01:43) 

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