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『おちゃめなパッティ大学へ行く』のエピグラフについて Epigraph to _When Patty Went to College_ [When Patty]

このあいだ本の部分の名前について書くときに、ジーン・ウェブスターの When Patty Went to College (1903) を参照したのですが、その献辞 (Dedication) が気になって、内田庶訳『パティ、カレッジへ行く』(講談社マスコット文庫、1967年)を底本として組みなおしたブッキング(復刊ドットコム fukkan.com を楽天と共同で運営している出版社)の『おちゃめなパッティ大学へ行く』(ブッキング、2003年)を開いてみました。そしたら、案の定というか、献辞は訳されておらないのでした。翻訳ってこういうことがしばしばあります。ちなみに『あしながおじさん』の献辞は "TO YOU" (あなたへ) という、謎めいたものです。まだ奥さんと別れられずにウェブスターと結婚できないでいるマッキニーを指しているという説がなんとなくまことしやかに有力ですが、幼いひとびとがこれを見ると、「わ、自分のために?」とよい誤解をする可能性もあるし、いや、それは誤読でないかもしれない。作品の構造を考えてみると、手紙の書き手であるジェルーシャ・アボットの声と、その手紙を編集した誰か(著者?)の声がかさなって、手紙の宛て先を示しているようにも結局思われます(だから、あなた=読者でいいのかもしれない)。・・・・・・

  さて今回のおはなしは献辞ではなくてエピグラフについてです。エピグラフ (epigraph) というのは、作品の冒頭や、章の冒頭に置かれて、あとにつづく本文の内容をそれとなく暗示しつつ、一種の「銘」として、読んだ後でああ、なるほどと響き合っていることがわかるような文章のことです。引用の場合が多いです(ということは他のテクストと関係性を築くという働きもあります)。題辞とか銘句という、パソコンで一発変換してくれない熟語に訳されることもありますが、カタカナで呼ぶことのほうが文学関係では多いかと思います。

  で、『おちゃめなパッティ大学へ行く』には、目次と本文(1 ピータースは情にもろい)とのあいだの7ページに、つぎのような詩が刻まれています。――

リラのさかりも
バラのさかりも
ことしの春はもうこない
リラのさかりも
バラのさかりも
ナデシコのさかりも
すぎてしまった
     モリス=ブショール

  しかし、自分のもっているセンチュリー初版にはこういうエピグラフはついていませんでした。ですから気になって、プロジェクト・グーテンベルクの e-text <http://www.gutenberg.org/files/21639/21639-h/21639-h.htm> と、Grosset & Dunlap 社の1913年のリプリントの e-text <http://www.archive.org/stream/whenpattywenttoc00websiala#page/n5/mode/2up> を見てみました。が、やっぱり見当たりませんでした。それらしいコトバで検索をかけても見つかりません。

  で、謎です。

  訳者が挿入したものなのでしょうか。わかりませんが、注釈だけ書き留めておきます。モ(-)リス・ブショール Maurice Bouchor, 1855-1929 はパリ生まれの詩人・彫刻家です。1875年の詩集 Poèmes de l'amour et de la mer (『愛と海の詩』)の第2部 La mort d'amour (「愛の死」)におさめられているのが "Le temps de lilas et le temps de roses" (「リラの時とバラの時」)という16行詩で、7行に分かち書きされた引用は、その第一連の訳であるようです。――

Le temps des lilas et le temps des roses
Ne reviendra plus à ce printemps-ci;
Le temps des lilas et le temps des roses
Est passés, le temps des oeillets aussi.

    Korin Kormick による英訳――

The time of lilacs and the time of roses
Will no longer come again to this spring;
The time of lilacs and the time of roses
Has passed, the time of carnations also.

  この詩は、前に別の歌で参照したことのある The Lied and Art Song Texts Page をみると、フランス語の原詩の歌としては、Charles Bordes, 1863-1909 により "Amour évanoui" として、そして、こちらのほうが有名ですが、Ernest Amédée Chausson (1855-1899) により "Le temps des lilas" として、曲をつけられて、歌われました。
"Ernest Chausson - Le temps des lilas [v: Nathalie Stutzmann; pf: Inger Södergren]

  エルネスト・ショソンはブショールの友人で、1875年の詩集 Poèmes de l'amour et de la mer の詩に1882年から10年にわたって曲をつけて1892年に完成したのでした(タイトルは単数形にして、Poème de l'amour et de la mer 作品19)。もともとオーケストラと声楽のための作曲でしたが、1893年2月にショソン自身がピアノを弾いてデジレ・ドメストというテノール歌手により発表、同年ソプラノ歌手エレノール・ブランと管弦楽でコンサートを開いています。全体で30分足らず。

  以上、メモ。

  「愛の死」ですから、リラとバラの時はわたしたちの恋(愛)とともに死ぬ(最終連――"Le temps des lilas et le temps des roses/ Avec notre amour est mort à jamais.")、という詩であります。いちおう謎のエピグラフなのですけれど、なにを考えていたのでしょうねー。青春時代の喪失なのでしょうか。いやだわー。

    この問題についてはちょっと考えてみようと思います。

Le temps des lilas et le temps des roses

Le temps des lilas et le temps des roses
Ne reviendra plus à ce printemps-ci; 
Le temps des lilas et le temps des roses
Est passés, le temps des oeillets aussi.

Le vent a changé, les cieux sont moroses,
Et nous n'irons plus courir, et cueillir 
Les lilas en fleur et les belles roses;
Le printemps est triste et ne peut fleurir.

Oh! joyeux et doux printemps de l'année,
Qui vins, l'an passé, nous ensoleiller,
Notre fleur d'amour est si bien fanée,
Las! que ton baiser ne peut l'éveiller! 

Et toi, que fais-tu? pas de fleurs écloses,
Point de gai soleil ni d'ombrages frais;
Le temps des lilas et le temps des roses
Avec notre amour est mort à jamais.

 

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Bouchor, Maurice, 1855-1929


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