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ディドロの「私の古い部屋着への惜別」(3) Regrets sur Ma Vielle Robe de Chambre (3)  [私の古い部屋着への惜別]

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  どうしてあれをとっておかなかったのだろう? あれはわたしにフィットしていたし、わたしもあれにフィットしていた。あれはわたしの体に窮屈でなく、体のあらゆるラインにはまっていた。わたしはピトレスク〔pittoresque(*) で美しかった。もうひとつのは、こわばっていて、ごわごわしていて、わたしをマネキンみたいにぎこちなくさせる。いかなる用事にもあの服はこころよくはからってくれた。というのも貧窮というのはつねに親切なものだから。本がほこりだらけになっていると、部屋着の襞がそれを拭いてくれた。ペンのインクが濃くなってきて出るのを拒んだときには部屋着がその裾を提供してくれたので、頑固なペンから出てきた長い黒いラインが跡になっているのが見えるだろう。長いすじは、その持ち主が著述家、作家、刻苦する人間だということを吹聴していた。いまのわたしは裕福なのらくら者で、誰もわたしが何者かわからない。

  あれの庇護のもと、わたしは従僕の粗相も、わたしの粗相も、火の閃光も、水の飛沫もおそれなかった。わたしはわたしの古い部屋着の絶対君主であったのだ。それが新しいやつの奴隷になりさがってしまった。

  金の羊毛を見張っていた龍(*) もいまのわたしほど不安ではなかった。憂いがわたしを包んでいる。

  手も足もくくられて若い娘の気まぐれと愚かさに身を委ねた情痴の老人は、朝から晩まで愚痴をこぼす――わたしのもとのいい、わたしの古い家政婦は、どこだ? この娘にかえてあれを追い出したときに、いかなる悪魔 (démon) がわたしに取り憑いていたのか? そして彼は泣いたりため息をついたりする。

  つづきです。第5、第6、第7パラグラフ――。

Je ne pleure pas, je ne soupire pas; mais à chaque instant je dis: Maudit soit celui qui inventa l'art de donner du prix à l'étoffe commune en la teignant en écarlate! Maudit soit le précieux vêtement que je révère!  Où est mon ancien, mon humble, mon commode lambeau de calemande?
わたしは泣きはせず、ため息もつかない。けれどもしょっちゅうこう言う――普通の生地を緋色に染めて値打ちをつける術を発明した者は呪われよ! わたしが敬まわねばならぬ高価な衣服は呪われてあれ! わたしの古の、わたしのつつましやかな、わたしのここちよいカルマンド(*)の襤褸着はどこに行ってしまったのか?

Mes amis, gardez vos vieux amis. Mes amis, craignez l'atteinte de la richesse. Que mon exemple vous instruise. La pauvreté a ses franchises; l'opulence a sa gêne.
友たちよ、諸君の旧友を大切にとっておきたまえ。友たちよ、富の接近に注意したまえ。わたしの例が諸君へのよい教訓となるように。貧乏は自由を有するが、裕福は拘束をもたらす。

O Diogène! si tu voyais ton disciple sous le fastueux manteau d'Aristippe, comme tu rirais! O Aristippe, ce manteau fastueux fut payé par bien des bassesses. Quelle comparaison de ta vie molle, rampante, efféminée, et de la vie libre et ferme du cynique déguenillé! J'ai quitté le tonneau où je régnais, pour servir sous un tyran.
ああ、ディオゲネス(**)よ! 汝の弟子がアリスチッポス(***)の贅沢なマントを着ているのを見たらさぞかし笑うことだろう! ああ、アリスチッポスよ、贅沢なマントはたくさんの卑下によって購われたのだ。汝の軟弱で、放縦で、女性的な(****)生き方と、襤褸をまとった犬儒派の自由で確固とした生のあいだにどれだけ懸隔があることか! わたしは今まで君臨していた樽(*****)を、暴君の下に仕えるために、出てしまった。

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カルマンド(*)
calemande は相当する英語が見つからず見当もつかなかったのですけれど、Web の WordReference.com のフォーラムを見たら、ディドロのこの箇所をとりあげて、さらに説明として英語の calimanco だと教わりました。 <http://forum.wordreference.com/showthread.php?t=60551>  で英和辞典だと・・・・・・「1  キャリマンコ(ラシャ):片面だけに格子縞や紋様がついた光沢のある毛織物;18世紀に盛んに用いられた. 2 (pl. calamancos) 1で仕立てた衣服. (またcalimanco)」(ランダムハウス)、「1 キャラマンコラシャ《Flanders 産の光沢のある格子縞毛織物》. 2  この繊維で作った衣服. 【《1592》 Sp. calama(n)co ←?: cf. LL calamaucus head-covering】」(研究社大英和)、「カラマンコ《片面だけに格子縞がある光沢のある毛織物》」(ジーニアス英和大辞典)、「キャリマンコ《16-19世紀のつやのある毛織物》;キャリマンコ製の衣服」(リーダーズ)、「<historical> a glossy woollen cloth chequered on one side only:  -ORIGIN  late 16th cent.: of unknown origin.」(ODE)
  繻子(しゅす)みたいなつやのある、しばしば絹の混じった毛織物で、16~18・19世紀に部屋着や壁布などに使われたようです。フランドル (Flanders) 地方は当時もフランスが入っていたのでしょうか。

ディオゲネス(**)
ディオゲネス Diognes (412?-320?B.C.) は古代ギリシアの犬儒(けんじゅ)派〔Cynic キニク学派〕の代表的哲学者。(*****)(甕という話もあり)の中で暮らしたことで有名。

Gerome_-_Diogenes(1860).jpg
Jean-Léon Gérôme (1824-1904), Diogenes. Öl auf Leinwand (1860), 74.5 x 101 cm. The Walters Art Museum, Baltimore
image via Wikipedia(fr), "Diogène de Sinope" <
http://fr.wikipedia.org/wiki/Diog%C3%A8ne_de_Sinope>

   はい、有名な話ですが、シニカル cynical、シニシズム cynicism のもとになった犬儒派の cynic は「犬」の意味です。
   日本語のウィキペディアは「ディオゲネス (犬儒学派)」。
Waterhouse-Diogenes(1882).jpg
John William Waterhouse (1849–1917), Diogenes (1882)
208.3 × 134.6 cm.  Art Gallery of New South Wales (Sydney, Australia)

アリスチッポス(***)
アリスチッポス〔アリスティッポス〕Aristippos (435? - 356?) (ラテン語と英語だとAristippus)はソクラテスの弟子の哲学者で、快楽主義・享楽主義 (ヘドニズム) (hedonism) を唱えるキュレネ学派 (the Cyrenaic school)の創始者。快楽こそが自己目的的最高善と考えた。このひとはソクラテスの弟子だからプラトンの著作に顔をだすのだけれど、その娘の息子(つまり孫)もアリスチッポス(小アリスチッポス:英語だと Aristippus the Younger)で、こっちのほうが快楽主義思想をきたえあげたとも言われていて、よくわかりまてん。3世紀のディオゲネス・ラウルティウスの『哲学者列伝』を見てもわからない。
  でもその「アリスチッポス伝」の第3節の引用のなかに「女性的な(****)」というのは出てきます。――

[. . .] he enjoyed what was before him pleasantly, and he did not toil to procure himself the enjoyment of what was not present. On which account Diogenes used to call him the king's dog. And Timon used to snarl at him as too luxurious, speaking somewhat in this fashion:

Like the effeminate mind of Aristippus,
Who, as he said, by touch could judge of falsehood.

  Timon というのはプリウスのティモン Timon of Philius (c. 320 - 230 B.C.) ではなくて、シェークスピアの Timon of Athens のモデルになった前5世紀末の伝説的人間嫌いのティモンのほうでしょう。

Aristippus_in_Thomas_Stanley_History_of_Philosophy.jpg
Aristippus of Cyrene.  From Thomas Stanley, The History of Philosophy: containing the lives, opinions, actions and Discourses of the Philosophers of every Sect, illustrated with effigies of divers of them (1655).
image via Wikiquote (it) "Aristippo" <http://it.wikiquote.org/wiki/Aristippo>

  なんか人気がないのか、絵が見つかりません。

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Denis Diderot, "Regrets sur Ma Vielle Robe de Chambre" E-text at Project Gutenberg <http://www.gutenberg.org/cache/epub/13863/pg13863.html>

WordRefference.com: Online Language Dictionaries [English to French, Italian, German & Spanish Dictionary] <http://www.wordreference.com/>


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morichanの父

couple さん、ご訪問& nice 、ありがとうございます。
by morichanの父 (2011-02-27 12:05) 

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