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『パティーが大学へ行ったころ』のセーラー服 Sailor Suit in When Patty Went to College [When Patty]

9月、仕事場に行って地震で崩れ落ちた本を整理していたら、ジーン・ウェブスターの原書で、何年も前に買ったものが床に転がっているのが見つかりました。人生七転び八起きUFO。

  When Patty Went to College は、なんとCentury 初版でした。へへーん♪ 150 と鉛筆で(もとから)書き込まれているので、1ドル50セントだったようです。どこで買ったんじゃろ。

  この本を見てひとつわかったのは、 "List of Illustrations" と目次の次に見出しがあって、5枚のイラストがリストアップされていることです。どういうことかというと、 Just Patty の Gutenberg のE-text が、どの版を使っているのかわからなかったのですが、やっぱりCentury 初版 (1911) を使用していて、そこにも "List of Illustrations" があり、そこからわかるのは、実は同じ1911年にGrosset & Dunlap 社から出た版(ページは同じ=組版が基本的に同じ)よりももとの Century 初版のほうがイラストが少ない、という驚くべき(?) 事実です。

  だから、自分の持っているGrosset 版の Just Patty のセーラー服画像を載せるのは大いに意味があると得心したのでした。

  ところで、いまだいたいは電車のなかで(数独をしないときは) When Patty Went to College を読み耽っているのですけれど、C. D. Williams による挿絵に描かれるPatty は床すれすれのスカート丈です。この本が出たのが1903年の3月。一部はジーン・ウェブスターがヴァッサー女子大に在学中 (1897-1901) に発表され、また、コピーライトとしては "Copyright, 1903, by/ THE CENTURY Co." の下に "1901, 1902 by TRUTH Co." と記されてもいます(詳細は不明というか未調査ですが)。

  ヴァッサー女子大のホームページやヴァッサー・エンサイクロペディアを見ると、少なくとも19世紀いっぱいまで、床を引きずるような、あるいは地面に付きそうな丈のスカートを履いていたことがわかります(運動着についてはブルーマーが1895年の最初のField Day から使用されていたようですけれど、それも丈の長いもの)だったようです。

  『あしながおじさん』(1912) の前年1911年に出版される Just Patty は、パティーが、親友のプリシラとともに大学進学の希望を固めている聖アーシュラ学院最高学年の様子を描いているのですけれど、1903年に、ウェブスターの処女出版として出る When Patty Went to College は、そのパティーが4年生の女子大の最上級生になっているのでした(読んでいるうちにわかってきましたw)。

  で、1911年の、(大学の前の)フィニッシングスクールでの生活を描く Just Patty には、テクスト内に middy blouse が何度か出てくるし、挿絵も紺と白のセーラー服が何度も描かれるのですけれど、1903年の、大学生活を描く When Patty Went to School には、セーラー服は一度だけ、 "sailor suit" というかたちでしか出てこず、挿絵もセーラー服的なものはぜんぜんありません。

  その1回というのは、最初の章でパティーがプリシラたちと一緒になって部屋の模様替えを画策しているときに、お下がりのラテン語辞典をもらえないかとやってくる新入生の描写で出てくるものです。

     A girl in a blue linen sailor-suit reaching to her ankles, and with a braid of hair hanging down her back, appeared in the doorway.  Patty examined her in silence.  The girl's eyes traveled around the room in some surprise, and finally reached the top of the ladder.
     "I―I'm a freshman," she began.
     "My dear," murmured Patty, in a deprecatory tone, "I should have taken you for senior; but"―with a wave of her hand toward the nearest dry-goods box―"come in and sit down.  I need your advice.  Now, there are shades of green," she went on, as if continuing a conversation, "which are not so bad with red; but I ask you frankly if that shade of green would go with anything?"  (4-5)
(編んだ髪の毛を背中に長く垂らし、くるぶしまで届く青いリネンのセーラー服を着た少女が、ドア口に現われた。パティーは黙ったまま彼女をしげしげと見た。少女の視線は少し驚いたように部屋を見回したあとで、とうとう脚立のてっぺんにたどりついた。
  「わ、わたし新入生です」と言い出した。
  「まあそう」とパティーは弁解めいた調子でつぶやいた。「上級生かと思ったわ。でも」――と一番近い衣装箱のほうに手を振って――「入って座ってちょうだい。アドバイスがほしいの。えーと緑色〔のカーペット〕があります」と会話が続いているように続けて、「それは赤とまったく合わないわけではないわ。けれど率直に言って、この緑色はそもそもなにかと合うと思う?」

  で、実はこのへんの英語、よくわからないのですけれど (should have taken you for a senior)、それはとりあえず目をつぶって(というか、もしかしてこの英語の表現こそが服の問題に関わるのかもしらんのだすが)、大学に入学したての女の子がくるぶし丈の長いスカートのセーラー服で現われているのは確かです。大学生たちがセーラー服を着ているのかは怪しい、たぶん。

  で、既に書いたように、この作品では middy blouse の言及も挿絵もなく、"sailor suit" も冒頭のここでだけ言及されるのでした。なんでやろ。頭混乱。大学でのセーラーは運動専用だったのかしら。

JustPatty172-173modifiedgauss.jpg
Just Patty (1911), illustration by C. M Relyea

    大学入学の1年前のパティーの、上が白ではなくてブルーのセーラー服姿(レア)。あ゛ー、くるぶしまで長くはないですねー。

  下の写真はヴァッサー大学の運動会の様子(この写真の数年前の1895年に女子大としては初めて開始されたのでした)。選手はブルマーだったようですが、審判の女性とか、スカート長いです。

Field Day 1897
image via "Field Day - Vassar College Encyclopedia" <http://vcencyclopedia.vassar.edu/athletics/field-day.html>

   写真のキャプションには99と書かれていますが、それは卒業年度かも知れず、ともかく本文では1897年のフィールド・デーの写真だと説明があります。1897年というとジーン・ウェブスターがヴァッサーに入学した年です。


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peco

床についちゃう様な丈の長いのが当たり前だった時代って本当にあったんですねぇ…。
再放送の赤毛のアンのオープニング映像、ご存知ですか?
かなり、かーなーり、無理のある映像なんですけどねぇ。
http://www.youtube.com/watch?v=-6YWFM8HSqE
巻き込まれちゃうよ!っていつもハラハラしてました。

っていうかオークション…。
by peco (2009-10-06 23:09) 

りす姉さん

お久しぶりです。
地震のあとはもうすべて片づきましたか?日本では地震あったんですね。知りませんでした。
それと、先生数独やってらっしゃるんですか!すごいです。わたしはやり方も知りません。
あしながおじさんに関係のないコメントでスミマセンでした。
by りす姉さん (2009-10-07 09:01) 

morichanの父

peco さま、コメントありがとうございます。やっぱり世界名作劇場シリーズの隠れファンだったのですねw 『赤毛のアン』の11年後の1990年の『私のあしながおじさん』はなんだか時代設定や時間設定が大胆で、自分はついていけそうもありません。スカートも短いですし。
by morichanの父 (2009-10-09 11:08) 

morichanの父

りす姉さま、地震というのは7月か8月にあった昔の地震です、千葉あたりが揺れた(自信なし)。
Sudoku はカリフォルニアでもはやっていて、通勤帰りのバスのなかでおねえさんが鉛筆を持ってプリントアウトした数独をひとり解いたりしていました。
  ところで世界名作シリーズ50に『避雷針売りの男ほか』(尾川欣也訳注)というのがありました(評論社、1975年, 85pp.)。
by morichanの父 (2009-10-09 11:14) 

りす姉さん

避雷針情報ありがとうございます。
Sudokuはこちらでも売っています。チャッツワースに行ったとき、すっごく素敵な表紙の本があったので、何だろうと思って開いてみたらSudokuでした。よかったらお土産に買って帰ります。
それより、フリーメイソン博物館で売っているコンパスと定規の模様のネクタイの方がいいですか?
by りす姉さん (2009-10-10 04:58) 

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