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ポチ (その3) Pochi [ひまつぶし]

評論社から出ていた「英文世界名作全集」シリーズB-23 『雁・ポチ』の「ポチ」をWEBで調べているときに出てきたのは、明治期に犬猫の名前として広まったらしい「ポチ」の語源・由来についての議論・薀蓄の数々でした。

  いちおう新しい情報を入れているだろうと期待されるウィキペディアでは、しかし「ポチ」(曖昧さ回避のためのページ)という短い記述しかないのをいろいろ他にあたったあとでw、知りました。――

ポチ

  • ポチ (グルジア)。グルジアの都市。
  • ポチ (misonoの曲)。misonoのシングル。
  • かつて日本でよく用いられた犬の名前。語源については、フランス語の「petit」(プチ=小さい)、英語の「spotty」(スポッティ = ブチの犬)などの説があるが定かではない。明治時代から広まり、明治34年に出版された「幼年唱歌 初編 下巻」に収録された童謡「花咲爺」で犬の名前をポチとしている。現在では権力者に対して犬のように従順な者を揶揄した蔑称として使われることが多い。

   語源については、ウィキペディアのに短く説明されている、(1) フランス語の "petit"、(2) 英語の"spotty" 説のほかに、(3) 英語の "pooch" (もと俗語、いま口語で犬、ワンちゃん)、(4) アメリカで小さい斑点のある犬の名として一般的だった "Spot" と日本語の「小さい点」のポチとの類推的混交、(5) ただ斑点をいう日本語、(6) ブチがなまってポチになった、など諸説フンプンのようですが、ウィキペディアもいうように、「定かではない」ようです。  

  それでも、面白かったのは、1997年から2004年にまたがる「ことば会議室:ぽち」の議論とそこに出てくるいろいろな文献情報でした。辞典以外の現代の人の文章では山本夏彦と関川夏央。どういう典拠があるのかしら、ということも興味深く。あと、このページのリンクが切れている「ことばの話1619「ポチ」」は、たぶん「道浦俊彦/とっておきの話」というページに入っているものだと思います。話としては、外来語説と日本語説(江戸時代からあったし、明治19年の用例もあるというような)があって、二葉亭四迷の『平凡』(明治40年=1907年)も言及されることがあるのでした。

  あと「インスト日記~パソコンインストラクターダイアリー~」の「ポチ袋」。これには「言葉の世界・伝言板 2002年8月」に引用されているのと同じ、飛田良文『明治生まれの日本語』(淡交社,2002.5.13)の記述が、同じような仕方で引用されているのですが・・・・・・同一人なのかしら。

「ぽち」が犬の愛称であること、明治生まれの日本語であることは確実であるが、小犬であるかどうかは疑問である。第一期国定教科書にみえる「ぽち」の絵は「ぶち犬」である。赤本『枯木花さかせ親仁』の犬も「ぶち犬」である。子犬(ママ)だけをさしてはいない。「ぶち」「まだら」の意味の「ぽちぽち」が起源とも、点々の意味のspotty〔スポッティ〕からとも考えられる。またフランス語のpetit〔プティ〕からとも、英語のpooch〔プーチ〕(犬・アメリカの俗語・雑種犬)からとも考えられる。しかし、明治時代にspotty,petit,poochの借用語と考えられる用例は、発見されていない。したがって、今のところ「ぽちぽち」が、起源なのではないかと考えられる。(164頁)

  ま、自分もコピペによる増殖をやってしまったりして。孫引きです。

  それと、薀蓄斎林哲夫氏のブログ(前)記事「2004年8月28日(土)トウキビは壁に並んで吹かれている」は、断言的で、はあ、と低頭する気配なのだが、モロモロ、たとえばポチは「「小さい点」のことである」とか、別件でシロについて「白は冥界との関係を連想させる(死者の白装束)。「花咲爺」の話でも犬が殺されて埋められた場所に樹木が大きく育つというあたり、エジプト神話にも直結しそうだ。」 そんなに断定できることなのでしょうか(人のことは言えませんが)。ともあれ、リサーチよりも解釈に進む姿勢が興味深いのでした。

  それから、比較的最近の記事として、県立長野図書館メールマガジン (2007. 9. 1) の「郷土ゆかりの作家コーナー」で、文部省で国語教科書の先駆をつくった郷土の人、湯本武比古を紹介して、(他でもポチの最初の例として言及される)明治19年の『読書入門』の「ポチ」が湯本による造語である(「ポチの名づけの親が湯本武比古なのです」)ことを説明しています。

湯本武比古は江戸時代末期に現在の中野市に生まれました。長野市や松本市で教職
につきますが、学問への希求がつのり23歳にして職を辞し単身上京します。東京
師範学校中学師範科を卒業し、幾許(いくばく)もなく文部省に勤めることになり
ます。そこで日本の国語(読本)教科書の先駆けとなる『読書入門』を編集するの
です。カナ五十音を一字ずつ取り上げて文章にして教えるという作りの編集でしたが、
「ポ」の文章を作る段になってはたと行き詰まってしまったそうです。当時の日本語
に「ポ」で始まる単語がなかなかなく、湯本武比古は苦心の末「ポチ」という無意義
の呼び名をつくり、犬の呼び名として次の文章と犬の絵を『読書入門』に載せました。

 ポチハ、スナホナイヌナリ。ポチヨ、コイゝダンゴヲヤルゾ。パンモヤルゾ。
                  (『読書入門』文部省 明治19年9月刊)

これが面白い言葉だったので何時とはなしに全国にひろまった、と『故湯本武比古
先生』という記念誌に教え子の蟻川英夫が書いています。
 ためしに「ぽち」という言葉を辞書でひくと

 犬につける名。特に、明治三、四〇年代に流行した。
(『日本国語大辞典』第2版 日本国語大辞典第二版編集委員会編 小学館 2001)

とあり、またこの辞書には二葉亭四迷が小説『平凡』(明治40年)で犬の名として
使っているという用例がでています。語源については諸説があるようですが、“ポチ”
が日本で犬の名として定着していくもとが湯本武比古の『読書入門』であるというのは
年代的に見てもかなり信憑性があるのではないでしょうか。 <http://archive.mag2.com/0000179345/20070901080000000.html>

    この文章は、ポチ=無意義という断定を含んでいるのですけれど、湯本さんは苦労して犬の名前として適当にポチを思いつき、教科書にまで載せてひろめちゃったのでしょうか。ほんとでしょうか。実はこの教科書の文は、「ことば会議室」で孫引き的に引用されている山本夏彦の文章が問題にしているものです。――

当時の教科書西洋の直訳なのである。さし絵までそっくり頂いているのである。だからポチヨコイコイ、などと画中の少年が言っているのである。ポチはプチPetiの訛りだから、明治以前の犬にはこの名はない。正直爺さんの犬はシロである。パンモ ヤルゾとあるので分った。当時のパンは人間にも珍しいもので犬にやるものではない。〔山本夏彦『私の岩波物語』(文藝春秋, 1994. 5; 文春文庫, 1997. 5)〕

  えーと、孫引きの引用だから曾孫引き、を敢えて行ないました。

  ということで、くるくると自分の尻尾をおいかける犬のように因果はめぐる風車なのでした。

WS000247.JPG
Yomikaki Nyumon (1886)

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つづき ⇒ 「明治16 (1883)年に洋犬ポチが川に身を投げた話――ポチ (4) Pochi


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