マイケル・アンジェローとミケランジェロ Michael Angelo or Michelangelo [Daddy-Long-Legs]
『あしながおじさん』1年生10月10日の手紙の冒頭は、無知を笑われたエピソードを語っています。――
Did you ever hear of Michael Angelo?
He was a famous artist who lived in Italy in the Middle Ages. Everybody in English Literature seemed to know about him, and the whole class laughed because I thought he was an archangel. He sounds like an archangel, doesn't he? The trouble with college is that you are expected to know such a lot of things you've never learned. It's very embarrassing at times. But now, when the girls talk about things that I never heard of, I just keep still and look them up in the encyclopedia. (Penguin Classics 10)
(ミケル・アンジェロってお聞きになったことありますか?
中世にイタリアに住んでいた有名な芸術家です。英文学のクラスに出ているひとは、みんなこのひとのことを知っているらしくて、わたしが大天使だと思ったというのでクラス全部が笑いました。彼って大天使みたいに聞こえるでしょ? 大学で困ることは、習ったことのないたくさんのことを当然知っているものと思われることです。ときどきえらくバツが悪い思いをします。でも今では女の子たちがわたしの聴いたことのないことを話しているときは、ただじっと黙っていて、あとから百科事典で調べることにしています。)
ミケランジェロ Michelangelo, 1475-1654 を Michael Angelo のようにわかちがきで綴るのは、19世紀中葉のアメリカ作家のエマソン(たとえば書評 "Michael Angelo" (1841) や有名なエッセイ『自然』 や Representative Men (1849))とかポー(たとえば短篇小説 "Assignation" ["The Visionary"] (1834))とか、あと思い出せませんが、19世紀後半の作品のなかでも見たことがあります。それで、ジーン・ウェブスターが学生だった19世紀末ごろはまだこの綴りだったのかな、と思って、ただじっと黙っていました。あとから百科事典で調べることにして・・・・・。
百科事典といえば、19世紀中葉の Chambers とか Americana とか、どうだったのか興味はあるのですが、くわしく渉猟している時間がいまはなく、とりあえず、有名な1911年のブリタニカを見てみると、 "Michaelangelo" と、今日の一般的な綴りと同じ一語で挙がっています―― <http://www.archive.org/stream/encyclopaediabri18chisrich#page/362/mode/2up/search/Michelangelo>。
しかし、1912年にアメリカで出版された、ミケランジェロ伝は、 "Michael Angelo" の分かち書きです。――
しかし、ロマン・ローランの翻訳なので、もとのフランス語が分かち書きだったのかしら。
1865年にロンドンで初版が出て、1874年にアメリカ版が出版されたミケランジェロ伝も分かち書きでした。――
しかし、ヘルマン・グリムの翻訳なので、もとのドイツ語が分かち書きだったのかしら。
イギリス版のほうには、ミケランジェロの自署らしいものがポートレトの下に印刷されていて、どうやら、一語で書かれているように見えるのにです。
Herman Grimm, Life of Michael Angelo, trans. Funny Elizabeth Bunnett (London, 1865)
下に活字で、 MICHEL AGNIOLO DI BONARROTI SIMONI. SCHULTORE. ROMA と記されているようです。え゛ーっ、なにそれ~! 目医者か。
英語("Michelangelo")と日本語とイタリア語("Michelangelo Buonarroti")のウィキペディアを見てみたのですが、綴りはどれも Michelangelo でした。
ミケランジェロ・ブオナローティ(Michelangelo di Lodovico Buonarroti Simoni, 1475年3月6日 - 1564年2月18日)は、イタリアルネサンス期の彫刻家、画家、建築家、詩人。名前はミカエル(Michael)と天使(angelo)を併せたもの。 〔「ミケランジェロ・ブォナローティ」 <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%B1%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%AD>〕
ラテン語か。いやちがう~―― "Michael Angelus Bonarotius - Vicipaedia"。
で、このMichel Agniolo Buonarroti という名前の綴りの謎にはまりこんでしまい、未解決です。確かにこの綴りで検索ヒットするのですけれども。
それはそれとして(w)、二語・一語の問題ですが、思いついて、ウォルター・ペイターの有名な『ルネッサンス』を調べてみると、初版の Studies in the History of Renaissance (London, 1873) から、Michelangelo という一語の綴りなのでした。
さらに思いついて、ジョン・ラスキン John Ruskin, 1819-1900 の Modern Painters (1843-60) をひっぱりだしてみたら、一貫して Michael Angelo という二語綴りでした(自分がもっているのは1900年代と1910年代にGeorge Allen 社から出版された文庫みたいな全集で、第6巻がまるごと『近代画家論』5巻の総索引と注になっています)。ジョン・シモンズ John Addington Symonds, 1840-93 はミケランジェロとトマソ・カンパネラのソネットの英訳を 1878 年に出版していますが、タイトルは、The Sonnets of Michael Angelo Buonarroti and Tommaso Campanella: Now for the First Time Translated into Rhymed English というのです。しかし、1893年(?)にミケランジェロの評伝を書いたときに、タイトルは、The Life of Michelangelo Buonarroti と、ミケは一語で表わされたのでした。
John Addington Symonds, The Life of Michelangelo Buonarroti: Based on Studies in the Archives of the Buonarroti Family at Florence, Second Edition (London: John C. Nimmo, 1893)
第2版しか見当たらず、ウィキペディアは1893年を出版年としているのですが、初版が別の年か不明です。ソネットの訳も、カンパネラなしで、ミケランジェロ単独の本も出ているようで、書誌情報は専門的な本を見ないとわかりません。
ともかく調べれば調べるほど、たくさんのミケランジェロ伝が19世紀後半に出版されていることがわかります。
Charles Heath Wilson, Life and Works of Micelangelo Buonarroti: The Life Partly Complied from That by the Commend. Aurelio Gotti, Director of the Royal Galleries of Florence (London, John Murray, 1876)
John S. Harford, The Life of Michael Angelo Buonarroti; with Translations of Many of His Poems and Letters. Also, Memoirs of Savonarola, Raphael, and Vittoria Colonna (London: Longman, 1857)
なんとなくですが、1870年代くらいから Michelangelo という一語が出てきて、二語の分かち書きと並存しつつもブリタニカ百科事典1911年版に至る、という感じでしょうか(いいかげん)。
やっぱ19世紀の古い百科事典も調べねば・・・・・・。
天使の話を書こうと思っていたのですけれど、話が長くなったので、これで終わります。
〔20時45分付記 ちょっと画像を増やして書き足しました〕
2月16日(火)付記 今日、記事「大天使ミカエルのこと The Archangel Michael [Marginalia 余白に]」を書きました。
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