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ディドロの「私の古い部屋着への惜別」(5) Regrets sur Ma Vielle Robe de Chambre (5) [私の古い部屋着への惜別]

ディドロの「私の古い部屋着への惜別」 (5) 

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                 私の古い部屋着への惜別、または財産より趣味を多く持つ人へ与える意見

                                                                      ドニ・ディドロ

  どうしてあれをとっておかなかったのだろう? あれはわたしにフィットしていたし、わたしもあれにフィットしていた。あれはわたしの体に窮屈でなく、体のあらゆるラインにはまっていた。わたしはピトレスク〔pittoresque〕(*) で美しかった。もうひとつのは、こわばっていて、ごわごわしていて、わたしをマネキンみたいにぎこちなくさせる。いかなる用事にもあの服はこころよくはからってくれた。というのも貧窮というのはつねに親切なものだから。本がほこりだらけになっていると、部屋着の襞がそれを拭いてくれた。ペンのインクが濃くなってきて出るのを拒んだときには部屋着がその裾を提供してくれたので、頑固なペンから出てきた長い黒いラインが跡になっているのが見えるだろう。長いすじは、その持ち主が著述家、作家、刻苦する人間だということを吹聴していた。いまのわたしは裕福なのらくら者で、誰もわたしが何者かわからない。

  あれの庇護のもと、わたしは従僕の粗相も、わたしの粗相も、火の閃光も、水の飛沫もおそれなかった。わたしはわたしの古い部屋着の絶対君主であったのだ。それが新しいやつの奴隷になりさがってしまった。

  金の羊毛を見張っていた龍(*) もいまのわたしほど不安ではなかった。憂いがわたしを包んでいる。

  手も足もくくられて若い娘の気まぐれと愚かさに身を委ねた情痴の老人は、朝から晩まで愚痴をこぼす――わたしのもとのいい、わたしの古い家政婦は、どこだ? この娘にかえてあれを追い出したときに、いかなる悪魔 (démon) がわたしに取り憑いていたのか? そして彼は泣いたりため息をついたりする。

  わたしは泣きはせず、ため息もつかない。けれどもしょっちゅうこう言う――普通の生地を緋色に染めて値打ちをつける術を発明した者は呪われよ! わたしが敬まわねばならぬ高価な衣服は呪われてあれ! わたしの古の、わたしのつつましやかな、わたしのここちよいカルマンド(*)の襤褸着はどこに行ってしまったのか?

  友たちよ、諸君の旧友を大切にとっておきたまえ。友たちよ、富の接近に注意したまえ。わたしの例が諸君へのよい教訓となるように。貧乏は自由を有するが、裕福は拘束をもたらす。

  ああ、ディオゲネス(**)よ! 汝の弟子がアリスチッポス(***)の贅沢なマントを着ているのを見たらさぞかし笑うことだろう! ああ、アリスチッポスよ、贅沢なマントはたくさんの卑下によって購われたのだ。汝の軟弱で、放縦で、女性的な(****)生き方と、襤褸をまとった犬儒派の自由で確固とした生のあいだにどれだけ懸隔があることか! わたしは今まで君臨していた樽(*****)を、暴君の下に仕えるために、出てしまった。

  それだけではないのだ、我が友よ。それに続いて起こった奢侈の嵐、奢侈の一連の結果に耳を傾けよ。

  わたしの古い部屋着は、わたしを取り巻く他の襤褸とひとつになっていた。ワラの椅子(*)、木のテーブル、ベルガム(**)の壁掛け、何冊かの本をのせていたモミの板、額に入れられておらず壁掛けの角のところにピンで止められただけの煤けた数枚の版画、そして版画のあいだに吊るされた三つ四つの石膏像が、わたしの古い部屋着と一緒になって、貧乏の最も調和的な効果を形成していた。

  [いまや]すべてが調子がはずれている。もはやアンサンブル〔全体的効果〕も統一も美もない。

  牧師館(***)に新しく来たうまずめの新しい家政婦も、男やもめの家に入った女も、面目失墜した大臣の座にとってかわった大臣も、ヤンセン派(****)の司教の管区を奪ったモリーナ派(*****)の司教も、緋色の闖入者が私のところに起こしたような混乱は惹き起こさない。

  つづきです。第12、第13、第14パラグラフ――。

Je puis supporter sans dégoût la vue d'une paysanne. Ce morceau de toile grossière qui couvre sa tête; cette chevelure qui tombe éparse sur ses joues; ces haillons troués qui la vêtissent à demi; ce mauvais cotillon court qui ne va qu'à la moitié de ses jambes; ces pieds nus et couverts de fange ne peuvent me blesser: c'est l'image d'un état que je respecte; c'est l'ensemble des disgrâces d'une condition nécessaire et malheureuse que je plains. Mais mon coeur se soulève; et, malgré l'atmosphère parfumée qui la suit, j'éloigne mes pas, je détourne mes regards de cette courtisane dont la coiffure à points d'Angleterre, et les manchettes déchirées, les bas de soie sales et la chaussure usée, me montrent la misère du jour associée à l'opulence de la veille.
わたしは田舎女を見ても嫌悪感をもたずに我慢することができる。彼女の頭を覆う粗野な布地も、彼女の頬にたれかかる髪の毛も、彼女の体をなかばしか包まない襤褸着も、彼女の脚の半分までしか達しない粗末な短いスカートも、泥だらけの裸の足も、わたしを傷つけることはできない。それはわたしが敬意を払う状況のイメジなのだ。それはわたしが憐憫をよせる窮乏と不幸の状態のアンサンブルなのだ。だが、わたしの心がむかつくものはなにか。その背後からは芳しい雰囲気がただようけれども、レース〔ポワン・ダングルテール(*)の帽子と切れた袖口と絹の靴下とすり減らした靴とが、昔日の富裕にひきかえた今日の悲惨をわたしに見せる娼婦からわたしは目をそらすのである。

Tel eût été mon domicile, si l'impérieuse écarlate n'eût tout mis à son unisson.
もしも、専横な緋色の女(**)がすべてを自分の調子に合わせていなかったとしたら、わたしの住まいはそんなだったろう。

J'ai vu la Bergame céder la muraille, à laquelle elle était depuis si longtemps attachée, à la tenture de damas.
わたしはベルガムが、ずっと以前から掛かっていた壁面を、ダマスクの布に譲るのを見た。

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ポワン・ダングルテール(*)
points d'Angleterre の "d'Angleterre" は「英国の」の意味だが、英仏間でレースの輸入が禁止された時代(たぶん1662~1699 らしい)にブリュッセルで作られたレースの呼称(ポワン point とは本来は英語だと needlepoint と呼ばれる針を使って作るものだが、このレースの場合は bobbin を用いたらしい)。17世紀末には禁が解かれたが、その後もこの名称が用いられた。WWW.LACE-TAPESTRIES.COM の説明――

It is a mixed lace. The name "Point d'Angleterre" was given to a Flemish lace produced at the time when the law prohibiting the importation or foreign laces (in England and France) was being strictly enforced. It is a mixed technique of very fine bobbin lace (Duchesse) on a needlepoint net with needle lace motifs for the fillings. The wealth of floral designs and the fineness of the petals, pearls, and snowdrops in the appliqué work are perfectly balanced. This type of lace reached its peak in Flanders during the 19th century.  <http://www.lace-tapestries.com/en/point-d-angleterre.htm>

Point d'Angleterre,18thc-470306896775519.jpg
Point d'Angleterre, 18th century
image via "Brussels lace : Reference (The Full Wiki) <
http://www.thefullwiki.org/Brussels_lace>

緋色の女(**) 
écarlate 緋色の女というのは第11段落では「緋色の闖入者 l'écarlate intruse」と呼ばれた、新しい部屋着。それは田舎女と対照される娼婦になぞらえられる。娼婦が汚れた絹の靴下や擦り切れた靴を履いていたら見苦しいので、それにあわせて他のものも入れ替わっていったということか。

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Denis Diderot, "Regrets sur Ma Vielle Robe de Chambre" E-text at Project Gutenberg <http://www.gutenberg.org/ebooks/13863>  <http://www.gutenberg.org/files/13863/13863-8.txt>

アセザ (Jules Assézat編)版ディドロ全集 Œuvres complètes de Diderot の第4巻 Miscellanea philosophique (哲学雑篇)<http://www.archive.org/stream/uvrescompltesde06assgoog#page/n13/mode/2up>


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