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馬繋ぎポスト Hitching Post or Horse Post [Marginalia 余白に]

『あしながおじさん』の最初の手紙の一節。

But how can one be respectful to a person who wishes to be called John Smith?  Why couldn't you have picked out a name with a little personality?  I might as well write letters to Dear Hitching-Post or Dear Clothes-Pole [イギリス版はClothes-Prop]?  (Penguin Classics 13)
(でもジョン・スミスなんて呼ばれることを望んでいるひとに、どうして「かしこ」まったりできるでしょう。どうしてちょっと個性のある名前を選びだせなかったのですか。これではまるで馬繋ぎ柱さまとか物干し柱さま宛てに手紙を書いているようなものです。)

  記事「拝啓繋柱様 Dear Hitching-Post」の補足です。 

  OED こと『オックスフォード英語大辞典』では動詞 hitch を見出し語とした記述に派生語として(具体的には 5. a. trans. To catch as with a loop, noose, or hook; to fasten, esp. in a temporary way (and against force acting in one direction). Also fig. の意味がもっぱらと思われますが) hitching ならびにその連語が挙がっています。――"Hence hitching vbl. n. (also attrib. as in hitching-bar, -clamp, -post, -strap, -weight, i.e. one used in tethering a horse); hitching ppl. a." (vbl. n. は動名詞、ppl. a. は現在分詞の形容詞 )
   それで、特にアメリカ英語とか考えていなかったのですけれど、とりあえず "hitching-post" の最初の用例はアメリカのペンシルヴェニアがらみのものです。――

1842 J. L. SCOTT Jrnl. Missionary Tour Pennsylvania (1843) vi. 68 When at the door they alighted, and he rode off to the ‘hitching post’.

   アメリカニズム(アメリカ語・語法)の辞典のひとつ、Mitford M. Mathews の A Dictionary of Americanisms on Historical Principles (U of Chicago P, 1951) を見てみたら、OED に載っていない連語も含めて、いろいろとアメリカ英語に入れていました。――

[この細い星印は、コトバ自体(この場合は "hitching")はアメリカ起源ではないという意味です]hitching, n. attrib.  Designating objects to which horses and mules [ラバ] may conveniently be hitched, as (1) hitching bar, (2) pole, (3) post, (4) rack, (5) rail.

  なるほど、これだけいろんな名称があるなら、横木タイプのものは hitching bar とか hitching rail とか呼ばれただろうし hitching rack というのも幅があって柵みたいな形状なのだろうな、と推測されます。同時にやはり、ことばからすると hitching pole や hitching post は本来的には一本の棒・杭・柱というイメジ、そして、なんか post のほうは垂直に立っているという感じですよね。仮に総称として hitching post がありだとしても、です。
  用例が順に挙がっているのですが、その (1) の最初のもの(1787年の用例)はスクウェア・ブラケットに入っていて、語源的なことと関わるという含みです(間が4メートルくらいで地面にさした2本の杭 (post) の上に横木を渡して、そこに馬の綱をかける釘(Pin)みたいなものを等間隔で打ちつけてある)。――

(1) [1787 ATTMORE Journal 37  There was a place for horses to stand, composed of two posts set in the ground at about 15 feet distance from each other on the tops rested a cross piece with Pins at intervals for fastening the Bridles, here stood a dozen horses.]  1877  CAMPION On Frontier 128 Beyond the fire, at a similar distance from it, a 'hitching-bar was put up, to fasten horses and mules to. ― (2) 1914 BOWER Flying U Ranch 63  [They rode to the hotel, tied their horses to the long hitching pole there and went in. ― (3) 1843 J. L. SCOTT Journal 68  When at the door they alighted, and he rode off to the 'hitching post.'  1948 Newsweek 30 Aug. 19/1  No ex-governors will put a halter or bridle on me and lead me to a hitching post. ― (4) 1904 HARBEN Georgians 146  Eric rode up to a hitching-rack and dismounted.  1947 CHALFANT Gold, Guns, & Ghost Towns 69  There [he] saw tied to a hitching rack a horse to which he took a fancy, so he mounted it and rode off.  〔ここにあるスペース・改行の理由は不明〕
   (5) 1920 J. GREGORY Man to Man 103  A dozen saddle-horses were tied at the hitching-rail.  1948 Sat. Ev. Post 21 Aug. 99/2  An hour later, he leaned on the hitching rail at the post office and wished he could simply die and have it over with.

   (2) の1914年の用例の hitching pole は "long" と形容されており、水平方向に長いのでしょう。(3) の hitching post は用例(最初のはOED と同じ用例です)だけでは水平か垂直かわかりませんが、公共の場ではなくて家の玄関にあるのだとしたら1本の棒の hitching post なのかな、という気はします(気がするだけです)。

  そして、つぎのようなイラストが載っておるのでした。――

HitchingPost,DictionaryofAmericanisms(1951).jpg

  はじめ見たとき、なんやこれ、と思いました。まちがってるんじゃないの、とも。でもちゃんと "Hitching post or horse post" と書いてあります。or は「あれかこれか」ではなくて、「イコール」です。野球選手(マウンドの上のピッチャーかなんか)かと思ったのですが、ジョッキー(騎手)なのですね(目医者かな)。

 


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千本足パート2――脚の話 (5) Thousand-legged Worm, Part 2: Leg Stories (5) [Daddy-Long-Legs]

前の記事「千本足――脚の話 (4) Thousand Legs: Leg Stories (4)」で全文を引用した『あしながおじさん』2年生4月11日の手紙の冒頭で、ジュディーは自分を "Worm" と呼び、さらに最大級のひどい呼び方として "Thousand-legged Worm" だと言っていました。――

It's the middle of the night now; I've been awake for hours thinking what a Worm I am―what a Thousand-legged Worm―and that's the worst I can say! 
(いま真夜中です。何時間もベッドの中で、自分はなんというムシみたいな人間なのか――ムシケラもムシケラ千本足のムシケラだ――と考えつづけていました――これ以上の悪口知らないです!)

  worm というのはムシですけれど、昆虫というよりは芋虫、毛虫、青虫、ウジなど昆虫類の幼虫、そしてミミズやヒルや回虫などの蠕虫、さらに地虫やフナクイムシやクルマムシなどの節足動物――ようするに地を這ういろんな生き物を指すことばです(漢字の「蟲」の感じ)。
  比喩的には、「虫けら同様の人間」、「うじ虫」、さらに英語で少し独特な比喩として「みじめなひと」とか「しいたげられたひと」という意味で使うこともあります。旧約聖書「詩篇」22章6節には "I am a worm today." という文がありますが、これは「今日は少しも元気がない」という意味合いの表現として使われています。しかしもとは、ヘビかどうかはともかくイヤなムシのイメジです――"But I am a worm, and no man; a reproach of men, and despised of the people." [ふたつめのof=by] 文語訳聖書――「然(しか)はあれどわれは蟲にして人にあらず 世にそしられ民にいやしめらる。」
  しかし、古い英語としては、ヘビのことも worm といいました。エディソン (E. R. Eddison, 1882-1945) の有名なロマンス小説 The Worm Ouroboros (1922) の worm はヘビの意です。

1stcover.jpg
E. R. Eddison, The Worm Ouroboros (London: Jonathan Cape, 1922)

  しかし、このKeith Henderson 画の初版のカヴァーもそうですけれど、一般にウロボロス(「宇宙蛇)の絵がヘビだけでなくトカゲやドラゴンだったりするように、そもそもヘビ serpent や竜 dragon の範疇自体があいまいです。また、古語としての英語のworm は snake、serpent 、dragon のいずれも指しうることばでした。
  ハーマン・メルヴィルが『白鯨』のなかで議論を展開しているように、英雄神話のなかの竜や蛇=リヴァイアサン=鯨という等価も成り立つかもしれません。そうするとキリスト教的には、人間に悪しき知恵を与えた存在であるヘビは、それゆえに反天上的な「悪」の化身として忌むべき存在、退治されるべき存在となります。しかし人間が時間内に落ちることによってまさに人間になる、その条件を与え、知識を与えたのもヘビなのだから、キリスト教から異端とされた知の系譜のなかには、ヘビを忌まない考え方もでてきます。ヘビがいなければ今がないからです。今ない。

  閑話休題。

  ヘビ=邪悪の問題は、最高の大天使であったルシファーが堕ちてサタンとなるという話(これは「イザヤ書」14章12節 (How art thou fallen from heaven, O Lucifer, son of the morning! あしたの子明星よ いかにして天より隕(おち)しや) の誤解からとされていますけれど、はたしてどうか)とともに、善と悪の問題を考えるうえで頭を悩ませるところが大きく、考えてもわからんところもありますので、またいつか。

  閑話休題

  もともとヘビの話ではありませんでした。千本足です。

  まず、部屋に出る百足をジュディーが忌み嫌っていた事実がありました。自分が手紙に描いたムカデよりもっと実物は worse だとも書いていました。(また同じ絵を出します)――

WS000383.JPG
Jean Webster, Daddy-Long-Legs (New York: Century, 1912), 75

  百足はおそろしい生き物 dreadful creatures だ、とジュディーは言います。これが1年前の1年生のころ。

    千本足の虫というのは、数式でいうと、

       百足×10=1000(本足)

  の nasty さです。the worst です。この自省から、翌月のムカデ夫人の図が生じるのではないでしょうか。(また同じ絵を出します)――

WS000386.JPG
Jean Webster, Daddy-Long-Legs (New York: Century, 1912), 155

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E. R. Eddison, The Worm Ouroboros 朗読 LivriVox <http://www.archive.org/details/worm_ouroboros_jm_librivox>

The Worm Ouroboros, by E. R. Eddison, [1922], at sacred-texts.com <http://www.sacred-texts.com/ring/two/index.htm> 〔Internet Archive にはなぜか音源しか見つからないのですが、Internet Sacred Text Archive <http://www.sacred-texts.com/index.htm> にE-text がありました〕


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