『蚊とんぼスミス』のムカデ(補足) Centipedes in "Katombo Smith" [Daddy-Long-Legs] Translated by Azuma Kenji [Daddy-Long-Legs]
今朝、出がけに無理やり文章をこしらえてアップロードしていったのですが、タイトルが "Centipedes . . ." と複数になっていたので、補足して複数のムカデ図を貼っておきたいと思います(あと、予想外に飲みが早く終わったので、無事、千鳥足にもならずに帰宅したため)。
ついでながら、前の前の記事に書いた、白木茂による抄訳の正進社文庫の挿画ですが、――
パラパラと全ページを眺めると、他にふたつの挿し絵は、同じように斜め矢印を使って逆Z運動を喚起しています。結局、上と下に配置するだけではなくて、ヴァラエティーをもたせるためにページの中にも何枚かは入れてみた、ということのようです。ですから、ムカデの左右反転は、この箇所だけに意匠が際立って現われたとも思われないので、偶然のことだったのかな、と思われました。
東健而の場合は、たぶんに意識的な組み込み方だった、とほぼ確信しています(自信98パーセント)。だいたい、この改造社版は、挿し絵が小さいのですし、他の挿し絵は、手紙の本文との位置関係は必ずしも的確ではありません(これはその後の翻訳も同じですし、ペンギン・クラシックスも意外とそうです)し、2枚めの百足図は、キャプションもハショッっちゃっています。――
これは、原文では、1枚目の百足図のとき("It was caused by a centipede like this:")と似て、"These are the kind of callers we entertain now that warm weather has come and the windows stays open―" (「天気が暖かくなって、窓が開けはなしなので、こういう種類の訪問者たちの接待をわたしたちはしています――」)というふうに、 "These" が絵の中の訪問者たち――リスとムカデとコトリ――を指し示しています。さらに、原作の挿し絵では、"My dear Mrs. Centipede, will you have one lump or two?" (ムカデ夫人さん、おひとつ、おふたつ?)と言うセリフが書き込まれていたのを、「変なお客が来るのよ」と、本文の訳文に呼応するキャプションに簡略化しています。
これと比べれば第一の百足図の取り組み方がいかに工夫を凝らしたたものかが理解されると思います。これはその後の翻訳のどれもができなかったことです。その代償は、ムカデの向きを曲げることでした。
つまり、縦書きだからといって目は縦方向に(だけ)進んでいくわけではなくて、左へ進んでいくわけです。英語の横書きの本は右へ(下へ)右へと進んでいきます。この改造社の百足図は、そういう意味ではアサッテの方向を向いているともいえるのですが、しかしそれゆえに際立って原作者ジーン・ウェブスターの挿画がいかに重要性をもつか、その意義や意図をあらわすものとなっているといえると思います。
ちなみに、Project Gutenberg のE-text は以下のような「テクスト」を編んでいます。――
like this: only worse.
はっきりいって、ナンセンスです。
世界滑稽名作集の『蚊とんぼスミス』のムカデ Centipedes in "Katombo Smith" [Daddy-Long-Legs] Translated by Azuma Kenji [Daddy-Long-Legs]
1919年、サイレント映画の Daddy-Long-Legs (邦題『孤児の生涯』)の出た年、の、たぶん暮れに出版された東健而の『滑稽小説 蚊とんぼスミス』は、その10年後、改造社の世界大衆文学全集の第34巻、東自身が編訳した『世界滑稽名作集』に『蚊とんぼスミス』としておさめられます(少しくわしくは、以前の記事「遠藤寿子と『蚊とんぼスミス』――東健而の『あしながおじさん』 (5) Azuma Kenji's Translation of Daddy-Long-Legs」「1919――『蚊とんぼスミス』――東健而の『あしながおじさん』 (4) Azuma Kenji's Translation of Daddy-Long-Legs」など参照)。
大正9年玄文社刊の初版は、箱入りの秋草弥三郎の装丁ということで、挿し絵や全体のデザインがどうなっていたのか、実物を見ることがかなわず(キコウ本だし高いし国会図書館にもないのだもの)、わかりません。それで、以下のは、1929年の改造社版の場合の話です。
上の行数でいうと、1行目の叫び声でひとつの段落。そして2行目からの段落の2行目から5行目までの3行の、上3分の1強くらいにムカデがタテ向きに挿画されています。「その声は、」は、百足図の行にかかっていますけれども、しかし、そのあとスペースがあって、明らかに文章中に組み込まれていることが了解されます。つまり、「その声は、」――スペース、改行――で行頭に目をやると百足図が眼に入り、そのうえで、「斯う言ふ百足のために出ちやつたのよ。」とつながるわけです。
流石です。
直角です。
ラインをちゃんと読んでいます。
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これまでの百足話――
「脚の話 (1)――百足図 Leg Stories: Centipede Pictures」
「脚の話 (2) ――詩の歩格や詩脚についてムカデのむこうに透視するの巻の上 Leg Stories (2): Foots, Meters, and Centipedes Pt.1」
「脚の話 (3) ――詩の歩格や詩脚についてムカデのむこうに透視するの巻の中 Leg Stories (3): Foots, Meters, and Centipedes Pt.2」
「千本足――脚の話 (4) Thousand Legs: Leg Stories (4)」
「千本足パート2――脚の話 (5) Thousand-legged Worm, Part 2: Leg Stories (5)」
「足のむくまま、またはムカデの方向――脚の話 (6) As the Feet Will Carry: Leg Stories (6)」