SSブログ

花くらべ(上田敏 訳) Ueda Bin's Translation of a Poetry [Perdita's Catalogue of Flowers] from _The Winter's Tale_ [φ(..)メモメモ]

直前の記事「ペルセポネ(プロセルピーナ)の話(下)――春を告げるもの(ウォルター・クレイン)の余白に」で引いたシェークスピアの『冬物語』の一節。――

PERDITA: [. . .]
I would I had some flowers o' the spring that might
Become your time of day;―and yours, and yours, and yours,
That wear upon your virgin branches yet
Your maidenheads growing:―O, Proserpina,
For the flowers now, that, frighted, thou lett'st fall
From Dis's wagon! daffodils,
That come before the swallow dares, and take
The winds of March with beauty; violets dim,
But sweeter than the lids of Juno's eyes
Or Cytherea's breath; pale primroses,
That die unmarried, ere they can behold
Bright Phoebus in its strength,―a malady
Most incident to maids;
bold oxlips, and
The crown-imperial; lillies of all kinds,
The flower-de-luce being one!  O, these I lack
,
To make you garlands of; and my sweet friend,
To strew him o'er and o'er!

  この第4幕第3場パーディタの台詞の、プロセルピーナへの呼びかけのあとの、ちょうどダフォディルのところからの10行弱を、上田敏は「花くらべ」として訳し、有名な『海潮音』(明治38年)にいれました。『上田敏全訳詩集』の編者たち矢野峰人と山内義雄の「解題」によれば、試訳が明治36年5月の『青年界』所載の「英詩花話」に挿入され、その後に推敲をくわえて38年の『白百合』(ニノ四)に掲げられたそうです。『海潮音』が本郷書院から出版されるのが明治38年10月のことです。上田敏は明治7年10月30日の生まれですから、満年齢だと若干30歳〔あ、弱冠は20歳ですね〕。冒頭のイタリアのダンヌンツィオの「燕の歌」とかはアーサー・シモンズの英訳からの重訳だったりしますけれど、フランス語やドイツ語もも堪能であったことはまちがいなく、英語もよくできたひとだった思います。つーか、東大の英文科(東京帝国大学英吉利文学科)を出て大学院で小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)に直接習ったのでした。しかし、『海潮音』のころだと、その自序に言うように「収むる所の詩五十七章、詩家二十九人、伊太利亞に三人、英吉利に四人、獨逸に七人、プロワ゛ンスに一人、而して仏蘭西には十四人の多きに達し」と、フランス詩に集中しており、アメリカは零(ポーもだぜ)、そしてイギリスはロバート・ブラウニング(5編)、クリスティナ・ロセッティ(1)、ダンテ・ゲブリエル・ロセッティ(3)とシェークスピア(1)のみです。

    花くらべ

                       ヰリアム・シェイクスピヤ

燕も來ぬに水仙花、
大寒(おほさむ)こさむ三月の
風にもめげぬ凛々(りゝ)しさよ。
またはジュノウのまぶたより、
ヰ゛イナス神(がみ)の息(いき)よりも
なほ(らふ)たくもありながら、
菫の色のおぼつかな。
照る日の神も仰ぎえで
(とつ)ぎもせぬに散りはつる
(いろ)(あを)ざめし櫻草(さくらさう)
これも少女(をとめ)の習(ならひ)かや。
それにひきかへ九輪草(くりんさう)
編笠(あみがさ)小百合(さゆり)氣がつよい。
百合もいろいろあるなかに、
鳶尾草(いちはつぐさ)のよけれども、
あゝ、今は無し、しよんがいな。


6行目の「ろうたし」というのは「いじらしい」とか「いとおしい」とか「うつくしい」とかいう意味です(原語は sweet)。5行目のヰ゛イナス(ヴィーナス)神と訳されている原語の Cytherea はキュテレイア、すなわち、アフロディーテ崇拝で知られるエーゲ海の島の名キュテラから出たことばで、美の女神アフロディーテ=ヴィーナスの別名です。


walter-crane-violet-personified.jpg
violets dim,
But sweeter than the lids of Juno's eyes
Walter Crane, Flowers from Shakespeare's Garden: A Posy from the Plays Illustrated in 40 Colour Plates by Walter Crane (London: Cassell, 1906)

Crane,Walter-PalePrimroses.jpg
pale primroses,
That die unmarried, ere they can behold
Bright Phoebus in its strength,―a malady
Most incident to maids;

Crane,Walter-BoldOxlipsand.jpg
bold oxlips and

Crane,Walter-Crown-Imperial.jpg
The crown-imperial;

Crane,Walter-Liliesofallkinds.jpg
lillies of all kinds,

Crane,Walter-The flower-de-luce being one.jpg
The flower-de-luce being one!


nice!(1)  コメント(1)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学問

ペルセポネ(プロセルピーナ)の話(下)――春を告げるもの(ウォルター・クレイン)の余白に  [Marginalia 余白に]

ウォルター・クレインは1871年秋から73年の春までイタリアに旅行し、冬はローマで過ごしました。その滞在中に描いた水彩画の1枚が A Herald of Spring (1872) でした。Dudley Gallery で展示されたときには The Herald of Spring と定冠詞になっていて、それでA と Theが混在しているみたいです。

  この絵です。

  さて、「ペルセポネ(プロセルピーナ)の話(上)――春を告げるもの(ウォルター・クレイン)の余白に」のつづきです(そして、いっきに、「あめんどう Almond――「春を告げるもの A Herald of Spring (Walter Crane)」のつづき」で提起した問題の解決編です)。

  Flowers from Shakespeare's Garden: A Posy from the Plays Illustrated in 40 Colour Plates by Walter Crane (London: Cassell, 1906) でシェークスピアの『冬物語』にちなんでウォルター・クレインが描いたペルセポネの絵には芝居の台詞が添えられています。――

Crane,Walter-PersephoneIsAbductedbyHades.jpg
image via AllPosters.com: "Persephone Is Abducted by Hades by Walter Crane" <http://www.allposters.com/-sp/Persephone-is-Abducted-by-Hades-Posters_i1863390_.htm?aid=637878808&DestType=7&Referrer=http%3A%2F%2Fwww%2Enatureartworks%2Ecom%2Fposters%2Fi1863390%2Ehtml>

   ("Persephone Is Abducted by Hades" というのがタイトルとしてクレインが付けたものかどうか定かではないですけど、独立した複製画としてこの題で流布しているみたいです。「ペルセポネがハーデスに誘拐される」。ここでハーデスは死者の国という場所ではなくて冥界の支配者プルートーのことです。)

  さて、もとのシェークスピアの芝居『冬物語』において、この箇所は、第4幕3場のパーディタ Perdita の「花くらべ」として知られる台詞の一部です。前後を薄くして引いておきます。

PERDITA: [. . .]
I would I had some flowers o' the spring that might
Become your time of day;―and yours, and yours, and yours,
That wear upon your virgin branches yet
Your maidenheads growing:
O, Proserpina,
For the flowers now, that, frighted, thou lett'st fall
From Dis's wagon!
daffodils,
That come before the swallow dares, and take
The winds of March with beauty; violets dim,
But sweeter than the lids of Juno's eyes
Or Cytherea's breath; pale primroses,
That die unmarried, ere they can behold
Bright Phoebus in its strength,―a malady
Most incident to maids; bold oxlips and
The crown-imperial; lillies of all kinds,
The flower-de-luce being one!  O, these I lack,
To make you garlands of; and my sweet friend,
To strew him o'er and o'er!

  
  英語の勉強をすると、 "O! for" は《古》archaic で「ああ、x x がほしい」という言い方。that は関係代名詞で先行詞は the flowers。thou = you〔古い2人称代名詞〕。lett'st = lettest = let〔古い2人称代名詞と一緒に変化した古い動詞形〕で、これの目的語が that = the flowers。frighted = frightened は主語の thou を修飾する補語の過去分詞(「びっくりして」「驚きのあまり」)。

  ――ああ、プロセルピーナ! あなたがディスの馬車から落としてしまった花がいまほしい。

  さて、つづく台詞の部分にもクレインは絵を添えています。――

img_132.jpg
Daffodils [Walter Crane, Flowers from Shakespeare's Garden: A Posy from the Plays (London: Cassell, 1906)] image via

『Wings of Angel』 (天使の翼) 「絵画の中の妖精」<http://angel.pupu.jp/f_picture/crane.htm>

                                        daffodils,
That come before the swallow dares, and take
The winds of March with beauty;
(ツバメがあらわれるまえにあらわれて、三月の風を美しさでとりこにするダフォディルが〔ほしい〕)

  (take よくわかりませんけど、captivate の意味にとっておきます)この黄色い花ならびに3人の黄色い花の精はダフォディル(水仙; とくにラッパズイセン)で、その花は、ペルセポネがプルートー(=ディス=ハーデス)に拉致されたときに摘みかけていた花にほかなりません。宙を飛ぶ若いツバメは管楽器 (winds) でラッパズイセンことダフォディルと競っているのかしら。

  そして、もう一度 A Herald of Spring の絵を見てみる。あ゛~、もう1回貼りつけてしまいます。――

Spring_Crane.jpg
image via Pre Raphaelite Art [by Hermes さん] <http://preraphaelitepaintings.blogspot.com/2011/01/walter-crane-herald-of-spring.html>; original image <http://www.bmagic.org.uk/objects/1929P528 >

  この絵で、裸足の女性が左手にもったカゴに入っている黄色い花はダフォディルです。そして、やはり、右上の家の入口にとまっているのはツバメではないかと思われ(でもまだ巣がないから、やってきたばかりかと)。街路に落ちている花は右手にもったアーモンドの花ではなくてダフォディルでしょう。

  そうなると、この、妻をモデルにしたとされる「春を告げるもの」、春の先触れ、告知者は、冥界から地上に現われたペルセポネのイメジと重なっているということになるのではないでしょうか。

  背後に見えるオベリスクがどういう象徴性をもった建造物と考えられていたのか知りませんが、少なくとも構図的には上方への垂直的運動、地(地下世界)からの力を示していると言えると思います。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学問

ペルセポネ(プロセルピーナ)の話(上)――春を告げるもの(ウォルター・クレイン)の余白に [Marginalia 余白に]

ギリシア神話のペルセポネ(=ローマ神話のプロセルピーナ)は、冥界(地下世界)〔ギリシア神話の ハーデス Hades、ローマ神話のオルクス Orcus〕の女王という側面と、母親のデーメテール Demeter (=ローマ神話のケレス Ceres)とほとんど一緒の地母神的な側面と、あって、たぶん(に)混淆的な存在なのだけれど、母親と違って地を去っちゃってまた帰ってくるという空間的移動をもつことで、「春の女神」という時間的サイクルを司る役割をもったように思われます。 

ウォルター・クレインは、1878年に The Fate of Persephone という油絵(テンペラも使用)の大作を発表しています。

Crane,Walter-TheFateofPersephone.jpg
Walter Crane, The Fate of Persephone [122.5×267cm; oil and tempera on canvas] image via Fine Art Giclée - globalgallery.com <http://www.globalgallery.com/enlarge/64751/#>

   この絵がクリスティーズのオークションにかけられたときの "lot description" を見ると、ミルトンの『失楽園』(Paradise Lost, Book IV, ll. 268-71)と関係付けられているみたいです。――

signed, inscribed and indistinctly dated 'WALTER CRANE MDCCC/LXXVIII' (lower left) and signed and inscribed 'THE FATE OF PERSEPHONE/WALTER CRANE/13 HOLLAND ST./KENSINGTON.LONDON.W./ Proserpine in Enna gath'ring flowers./Herself a fairer flower by gloomy Dis/was gather'd Milton' (on the stretcher) and further inscribed '.../Herself a fairer Flower..gloomy Dis/Was gather'd/Walter Crane/Beaumont Lodge/Shepherds Bush/13 Holland Street' (on an old label attached to the stretcher)
oil and tempera on canvas
48¼ x 105 1/8 in. (122.5 x 267 cm.) <http://www.christies.com/LotFinder/lot_details.aspx?intObjectID=3935128>

  "stretcher" に書かれていると書かれていますけど、 "stretcher" というのはカンヴァスを張る木枠のことですよね。だから、ウォルター・クレイン自身がタイトルに続けて書いたのでしょうか。それが "Proserpine in Enna gath'ring flowers./ Herself a fairer flower by gloomy Dis/ was gather'd  Milton" の部分。ラベルには基本同じ引用が反復されているみたい。 

    ・・・・・・かのプロセルピンが
    花摘みつゝ、みづからはなほ美はしき
    花なれば、もの暗きヂスに摘まれて
    ためにケレスが世をあまねく尋ねし
    美はしきエンナの野も・・・・・・ 〔藤井武訳『楽園喪失』〕

  ヂスというのは Dis で、ローマ神話における冥界の王(ギリシア神話の Pluto)。花を摘んでいた娘のプロセルピーナは彼女自身が美しい花だったので、暗い世界の Dis に摘まれ、〔母親の〕Ceres が捜索した、というような一節ですけど、ここで、プロセルピーナの物語のおさらいです。

  ゼウス Zeus (ローマ神話のジュピター Jupiter)大地と豊穣の女神デーメテール Demeter (ケレス Ceres)のあいだに生まれた娘のペルセポネ Persephone(プロセルピーナ Proserpina; Proserpine (英語))は、他の娘(ニンフ nymph)たちとエンナ〔シチリア島のパレルモの南東あたり〕の草原で花を摘んでいました。黄色いスイセンに手を伸ばしたときに、不意に地が割けて、馬車に乗った冥王プルートー(ディス[ヂス])が出現し、ペルセポネを抱きかかえるとそのまま地下世界へと連れ去ってしまいます。母親のデーメテールは失踪した娘を半狂乱になって探しまわり、そのかん大地は収穫もなく荒れ果てます。ゼウスは psychopomp (霊魂を冥界へ導く案内者)でもあるヘルメスを使いにだして、プルートーにペルセポネを帰させようとします。プルートーはしぶしぶ承知しますが、帰ろうとするペルセポネにザクロ(石榴・柘榴――英語だと pomegranate・・・・・・語源的には「種のたくさんあるリンゴ」)をひとつ手渡します。ペルセポネは冥界にいるあいだ、なにも口にしておらなかった。で、地上にむかう馬車のなかでザクロの種を4ないし6粒食べてしまいました。このザクロによってペルセポネは冥界に縛られてしまいます。母親のデーメテールはゼウスに懇願する。その結果、4粒の種を食べたペルセポネは1年のうちの4箇月を地下世界で冥王プルートーの妻として暮らし、4箇月たったら戻ってきて地上の母親と8箇月暮らすことになりましたとさ。

  ということで、ペルセポネが冥界にいて地上を去っている時期が冬(母親は悲しくて大地の世話をやめてしまう)で、ペルセポネが地上に戻ってくるのが春の訪れです。

  1906年に出版された Flowers from Shakespeare's Garden: A Posy from the Plays Illustrated in 40 Colour Plates by Walter Crane (London: Cassell, 1906) には、シェークスピアの『冬物語』の挿絵としてプロセルピーナを描いています。残念ながら Internet Archive 等には E-book が見つかりませんが、『子どものための美しい庭 The Beautiful Garden for Children』のなかで見られます <http://pinkchiffon.web.infoseek.co.jp/secretgarden12.htm>。胸はだけてます。

  そして、マール社から『シェイクスピアの花園』というタイトルで2006年に出版されているようです。――

412MKST4H3L__SL500_AA300_.jpg

  

  ミルトンにシェークスピア。つづきます。

/////////////////////////////////////

「ゼウス(4):母娘と狂女物と「花と蛇」(ペルセフォネ)」 〔Ashe さんの『絵画で見るギリシャ神話』2002.9.3〕 <http://ashe4myth.blog118.fc2.com/blog-entry-14.html>

「ウォルター・クレイン 「プロセルピナ」」 〔『子どものための美しい庭 The Beautiful Garden for Children』の中〕 <http://pinkchiffon.web.infoseek.co.jp/secretgarden12.htm>

 

  


nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学問

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。