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ヘイマーケット事件 The Haymarket Affair [φ(..)メモメモ]

前に記事「チョルガッシュ、ゴールドマン、無政府主義 Leon Czolgosz, Emma Goldman, and Anarchism in America [Marginalia 余白に]」や「ウォルター・クレインとメイ・デー(前) Walter Crane and the May Day (1st Part) [カリフォルニア時間補遺] 」で、1886年5月にシカゴで起こったヘイマーケット暴動について書きました。

  いまだに首謀者がわからないこの事件(諸説については英語のWikipedia "Haymarket affair" 参照)は、歴史的には "the Red scare" (大文字で "the Red Scare" というとアメリカ史では1919年から20年にかけての、国際的な共産主義の浸透をおそれた米政府による過激派外国人の国外追放、労働運動弾圧、数千名の共産党嫌疑者の不当逮捕の起こった「赤の恐怖」を指します)の端緒でした。

  事件の3年後に出版され、アナキズムをマルクス思想に根ざすものとして「赤の恐怖」をアメリカ国民に強く訴えるとともに、ヘイマーケット暴動について詳述したのが Michael J. Schaack のAnarchy and Anarchists: A History of the Red Terror, and the Social Revolution in America and Europe; Communism, Socialism, and Nihilism in Doctrine and Deed; the Chicago Haymarket Conspiracy, and the Detection and Trial of the Conspirators (Chicago: F. J. Schulte, 1889) (『アナキーとアナキスト――赤の恐怖と欧米における社会革命の歴史、コミュニズム、社会主義、ニヒリズムの教義と行動、シカゴのヘイマーケット策謀と陰謀者の捜査と審判』)でした。このシャーク(あるいはスカーク?)というひとはシカゴ警察の Captain (いちばん上のひとではないが、部隊を指揮していた)で、捜査や逮捕の中心人物でしたから、それなりに「偏り」があると想像されますが、この本の "commentary" 付きのpdf.ファイルがWEB にありました――"Homicide in Chicago :: Anarchy and Anarchists (1889)" <http://homicide.northwestern.edu/pubs/anarchy/>。でもファイル自体はただのリプリントみたい。でも付随する新聞の切り抜きとか、もうちょっと広いシカゴの文化史関連文書とか、あるいは本自体の多数の図版のリストとか、それなりに見やすく、興味深いです。

  このひとがピンカートン探偵社を使って捜査というか操作をしたり、偽証や買収などの不当なふるまいをしたことは立証されていて、ノーザン・イリノイ大学のどこぞのサイトに引かれている Frank Donner, Protectors of Privilege: Red Squads and Police Repression in Urban America  (Berkeley, CA: University of California Press, 1990), pp.12-22. などは、Schaack をさんざんに批判しています <http://www3.niu.edu/~td0raf1/history498/From%20Frank%20Donner.htm>。

  でも、逆に、ローカルには、警察が弛緩していたシカゴに数年前に赴任した Schaack がドイツふう軍隊風な規律をもちこむことで警察は立て直されたのであり、捜査においては「探偵」として英雄的な活躍をしたのだ、全米的には、彼の600ページに及ぶ詳しい著作によって反共・保守の思潮が高まったのだ、とする考えもあります。

  2006年に Death in the Haymarket: A Story of Chicago, the First Labor Movement and the Bombing That Divided GIlded Age America ( 『ヘイマーケットにおける死――シカゴ、最初の労働運動、金メッキ時代のアメリカを割った爆弾の物語』)を書いた歴史家 James Green のインタヴューが紹介記事 "The Haymarket Riot Remebered: NPR" <http://www.npr.org/templates/story/story.php?storyId=5369420> で聞けます。

  以上、メモ。

  このごろとりわけ19世紀末から20世紀はじめにかけての風物の図版に昔以上に興味がわいてきていて、先日、10年以上前に買って本棚の奥に詰まっていた Album of American History という4巻だか5巻だかの大型ハードカバー本を数年ぶりにひっぱりだしました。James Thuslow Adams が主幹となって、たぶん第2次大戦中に編集されたもので、とりあえずひっぱりだすことのできた第3巻1853-1893 は1946年に出版されています。同じ Scribners 社から同じAdams がDictionary of American HistoryAtlas of American History の編集をしていて、姉妹編みたいなものかもしれません。

AlbumofAmericanHistory3-388s.jpg

  テクストは、まあ、なんというか、保守的な立場といえるかしら。「シカゴにおける戦闘的な8時間労働運動の結果として、ストライキ参加者と警察のあいだで何度か衝突が起こっていた。過激派グループによりビラが作成され、警察に対する報復と1886年5月4日のヘイマーケットでの大衆集会を呼びかけた。」というのがいちばん上のパラグラフ。そして3枚の画像それぞれにキャプション的な説明文があります。「集会当日、騒乱が予想される場所に、多数の警察予備隊が配置された。」 「警察が群集に散会を命じたとき、爆弾が投げられ、7人が死亡、多数の負傷者を出した。」 「犯人たちに対する民衆の反発のムードのなか、首謀者の8人が有罪判決を下され、左に示すように4人が絞首刑となった。」

  まんなかの絵は Harper's Weekly 1886年5月15日号からとられていますが、上下の2枚は Schaack の著書 Anarchy and Anarchists から引かれています。下の公開(?)処刑の図は645ページです。Schaack の本は他にも "Execution of the Nihilist Conspirators" 39ページとか、多分に扇情的に処刑シーンを入れているように思われます。サミュエル・ピープスの時代のように広場で "hanged, drawn, and quartered" というような演出(いちおう「Hanged, Drawn and Quartered――『あしながおじさん』のなかのサミュエル・ピープス(4) Samuel Pepys in Daddy-Long-Legs (4) [Daddy-Long-Legs] 」参照)がなされなくなった現代であればこそ、ジャーナリズムや出版が人々におよぼす影響力は強いのかもしれません。

  ちなみに、同じ Album of American History 第3巻の419ページには1889年6月8日の Leslie's Illustrated Newspaper からとられた "Electrocution" の絵があって、その記述によると、電気椅子による死刑はニューヨーク州で1888年に始まったのだそうです。A[lbert] R[ichard] Parsons (1848-87), August Spies (1855-87), George Engel (1836-87), Adolph Fisher (1858-87) の4人が、警官殺害を教唆したとして絞首刑に処されたのは1888年11月11日のことでした。死罪を宣告されていたLouis Lingg (1864-87) は一番若かったのですが、処刑前日に自殺しています。

  扇情的と書きましたが、人の死、とりわけ暴力的な死というのは、心をゆさぶるところがあります。8人の警官と少なくとも4人の労働者が死亡した(そして4人が刑死した)この事件を、"riot" と呼ぶか "massacre" と呼ぶか、"affair" と呼ぶか、あるいは犠牲者を "martyr" (殉難者)と呼ぶときに警官か、警官を含まないのか、立場によっていろいろでしょうが、さまざまに心ゆさぶる事件であったのは確かです。

AnarchistsofChicago(WalterCrane,1894)1024.jpg
Walter Crane, "Anarchists of Chicago" Liberty (November 1894)


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