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眺めのよい部屋の窓の方向 (2) The Directions of the Windows of a Room with a View (2) [Daddy-Long-Legs]

3月22日の記事「眺めのよい部屋の窓の方向 (1) The Directions of the Windows of a Room with a View (1)」のつづきです。

  あいかわらず、虚構と現実を勝手につなげて想像する、というふるまいが続いています。

  前提を整理すると、(1) ジーン・ウェブスターのヴァッサー大学在籍時 (1897-1901) には、1912年刊行の『あしながおじさん』のジュディーの「塔」のモデルと考えられる9階建てのタワーつきの新しい寮 North (Jewett House) は建っていなかったし、(2) ウェブスター自身はどうやら Main Building 内に居住していたようだけれど、(3) 「塔」と呼ばれうる高層の建物は19世紀末から20世紀はじめの大学キャンパス内にはめずらしかったろうから(いちおうなーんとなく「タコに落ちる摩天楼の影 The Shadow of the Skyscraper on the Octopus」を参照)、(4) 1907年建設の、このヴァッサーの新しい寮(これの本体は他の建物同様に4階建てだったけれど、うしろにくっついて9階建ての Tower が、学生の部屋も入れてつくられた)が、やっぱりモデルとなっているだろう。

  そうすると、2年生以降の部屋替えで、どこにどう移動したかはおいといて、1年生のときの「北西」に高い窓のある部屋は、やっぱり Main Building の方向とは反対方向を向いていただろうと思われます。――

1年生10月1日の手紙です。――

My room is on the northwest corner with two windows and a view.  (Century 26/ Penguin Classics 15)
(わたしの部屋は北西の角にあって、ふたつの窓と眺めのよい部屋です。)

  なんで、これにこだわるかというと、1年生のときにジュディーは "From my Tower" という詩を書いて、学内の文芸誌の冒頭に掲載されるからです。1月31日の記事「「六行目に脚が多すぎる」――ムカデ図への伏線――脚の話 (7) "The Sixth Line, Which Had Too Many Feet": Leg Stories (7)」に引用した1年生の冬の2月ごろの手紙の文章を再掲します。――

Jerusha Abbott has commenced to be an author.  A poem entitled, "From my Tower," appears in the February Monthly―on the first page, which is a very great honor for a Freshman.  My English instructor stopped me on the way out from chapel last night, and said it was a charming piece of work except for the sixth line, which had too many feet.  I will send you a copy in case you care to read it.  (Penguin Classics 30)
(ジェルーシャ・アボットは作家としての一歩を踏み出しました。「わたしの塔から」という題の詩が『マンスリー』の2月号にでます――それも冒頭第一ページで、これは1年生としてはたいへんな名誉です。昨晩チャペルをでて帰り道に国語の先生がわたしを呼びとめて、あれはとても魅力的な作品で、ただ6行目の韻脚が多すぎるのだけが惜しい、とおっしゃいました。お読みいただければと思い、1部お送りするようにします。) 

  この、あしながおじさんには送付されたらしい詩は、残念ながらテクスト上には出てきません。それでも、もしかすると、クリスマス休暇の終わりごろに書かれた手紙は、ヒントになっているのかもしれません。――

Is it snowing where you are?  All the world that I see from my tower is draped in white and the flakes are coming down as big as popcorn.  It's late afternoon―the sun is just setting (a cold yellow color) behind some colder violet hills, and I am up in my window seat using the last light to write to you.  (Penguin Classics 26)
(あなたのいるところも雪が降っていますか? わたしの塔から見渡すかぎり世界のものみなが白く覆われてポップコーンのように大きな雪片が舞い落ちてきます。いまは午後おそく――太陽(冷たい黄色の)はもっと冷たいうすむらさきの連山の背後にちょうど沈むところ、そしてわたしは最後の〔名残りの日の〕光を使いながら、あなたに手紙を書くためにウィンドウ・シートにのぼっています。)

  ここで、ジュディーは、雪の降る黄昏(誰ぞ彼)時、山に沈む太陽を、例のウィンドウ・シート(「タンスをウィンドウ・シートに改造する Converting a Bureau to a Window Seat」参照)に座って見つめています。ついでながら "from my tower" というフレーズが忍び込ませられたり(?)もしています。ともあれ、ひとつの窓、それも外を眺めるためにウィンドウ・シートを設置したほうの窓、からは確かに西の入り日が見えるのでした。「ポップコーンのように大きい」という直喩は、アメリカンだけど、あんまり詩的な表現ではないかもしれない。でも、他の表現はなかなか詩的です。"last light" なんかは l 音を重ねる頭韻 alliteration というレトリックです。

  それと、ついでに、落第点を取ったときの、のちの、3月ごろの手紙。――

This is the sunniest, most blinding winter afternoon, with icicles dripping from the fir trees and all the world bending under a weight of snow―except me, and I'm bending under a weight of sorrow.  (Penguin Classics 30)
(日が照って、とてもまぶしい冬の午後、氷柱はモミの木からしずくを垂らし、世界のものみなが雪の重みにおしつけられています――が、ただわたしだけは悲しみの重みにおしつけられています。)

  これは、前に「冬の午後の雪景色 Most Blinding Winter Afternoon」で書いたように、やっぱり詩的なものを含んでいると思うのですが――そして "all the world" というフレーズが前の一節と響きあっているのですが――、とりあえずモミの木々からツララが垂れ下がっている景色を眺めているジュディーがいるわけです。

    下の地図で、地点が殺人のあった・・・・・・じゃなくて、Jewett House (North) のTower に想定される北西に窓のある部屋のかどっこ。

Vassar-AxisPlan,withBuildingsThatFollowtheNaturalTopography-turnedX.jpg

 

  なお、上の地図で、Jewett House の左(西)に、同じようなインベーダー型というかU字型で並んでいるのは、Josselyn House という学生寮で、1912年に建造されました (今日237人収容)<http://residentiallife.vassar.edu/residence-halls/halls/josselyn.html>。

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4月1日付記

注記的記事として「×のしるしのある部屋 The Room Marked with a Cross」を書きました。


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